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3.妹が世界を救ってから(3)

「うん、そう! アルキアスという、地球とはまったく違う世界。なんたって、魔法が使える世界だからね」


「魔法……。今動けないのは、魔法だといったよな」


「そう。こんなことだってできるよ!」芽衣子が人差し指を立てる。その先にピンポン玉ほどの火球があらわれた。それは線香花火のようにパチパチと火花を飛ばしてゆらめいている。「どう? すごいでしょ!」


「すごい……」と陽介はつぶやくが、感嘆よりも恐怖の気持ちが勝っていた。


「私も、洗礼を受けて魔法が使えるようになったんだけど、それがまた凄い才能でね。イコウル帝国上級魔道隊の一員として、魔人と戦ったの」


「戦った!? その魔人ってのと、芽衣子が戦ったのか?」


「そう。戦ったの。私は……戦ったのよ」芽衣子は視線を遠くにやってから、「この赤いジャケットはイコウルの軍服なの」と、お披露目するようにくるりと回った。


「どんなヤツラなんだ? その魔人というのは!」


「おぞましいイキモノ」芽衣子はくちびるを噛みながら視線を宙に投げ、魔人について話しだした。


アルキアスには人間や動物以外に、魔人という種族の生物がいる。人間よりやや知能は劣るが、大きさは数倍あり、二階建ての家屋をゆうに超える。力も強く、人体など簡単に引きちぎることができる。


また、魔人は個体差が激しい。羽があり飛べるもの、大きな口があり火を吐くもの、さらには魔法が使えるものと様々だ。


唯一の共通点といえるのは、魔人は漏れなく人間を憎悪しており、嗜虐して殺すのが生きがいで、人間を根絶やしにするためなら命すら惜しまない、とのことだ。


「……そんなバケモノと、戦ったというのか……」陽介の声は震えていた。


「うん……そうね。みんな戦った。騎士や戦士たちは、魔導士や巫女が魔法を起動する時間を稼ぐために自らの命を盾にした。その、魔導士や巫女も、魔人を倒すために高度な魔法を命懸けで唱えた。慎重にゆっくり魔法を起動すれば多くの前衛が死ぬし、急ぎすぎて魔法の起動に失敗すれば、隊は全滅! 魔導士と巫女はいつもそのジレンマの中にいたわ」


戦っていたのは前線だけではないの、と芽衣子は続けた。


鍛冶屋は剣を叩きつづけ、薬師は徹夜で薬を作り、大工も不休で要塞を築いた。


女や老人や子供も田畑を耕しながら、それを前線に送るため、飢えにたえた。


国境や人種も超えて、人類は一丸となって魔人と戦っていた。


アルキアスという世界での生存権を賭けたその戦争は、千年前から続いているとのことだ。


「……魔人との戦いは決着がついたのか?」


「うん。私が魔人の王を倒したの」


「芽衣子が!?」


「そう。だから私はアルキアスを救った救世主なの。ほら、その勲章がこれ」芽衣子ははにかみながら、胸に飾られた奇抜な形をした銀色の勲章をはずし、みせびらかすようにかかげた。


「異世界を……芽衣子が救った……」陽介はぼんやりいう。


すぐあとに、「ちゃんと芽衣子の七年間を教えて」と母が明快な声をだした。


「うん、そうね」芽衣子は頷き、話しはじめたのは、「異世界に飛ばされ、母や兄がいなくていかに不安だったか」などではなく、魔人との戦争における初陣の様子だった。


それからも芽衣子が経験してきた過酷な戦いの話は続く。多くの仲間との出会い、そして彼らとの死別。不利な会戦での奇跡的な勝利があったこと、逆に、国家間のいざこざによる恥ずべき敗戦があったことも。陽介が見たことも聞いたこともないアルキアスの地名、風習、歴史、人名をふんだんに織り交ぜて、 芽衣子は語った。


ふと時間を確認すると、深夜二時をゆうに回っている。芽衣子の話も終盤のようで、魔人の王を倒したという『コウレス最終防戦』なるものの説明におよんでいた。


魔人は王家の血が濃くなるほど、大きく、強くなる。はるか巨大な魔人の王を打つ代償として、芽衣子自身も左手と右目を失った。今、五体満足そうに見えるのは、竹馬の友から託された左手と、燃えるような恋をした想い人の右眼のおかげだそうだ。ちなみにその二人は、王との最後の戦いで亡くなっている。


けっきょく芽衣子の話が終わったのは、四時に近かった。最後に芽衣子は、陽介と母を抱きよせて、泣きながら身体を震わせる。その振動は陽介にも伝わっていたが、正直いうとたいして共感できなかった。


陽介にとって愛すべき妹は、異世界で試練をのりこえて強く成長した美しい女ではない。幼くて甘えったれな、数時間前の芽衣子だけなのだ。

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