2.妹が世界を救ってから(2)
数瞬のあいだ、女の包容を受け入れた陽介だが、我にかえって突き飛ばす。女はうしろに転がり尻もちをついた。
「あまりしつこいと、本当に警察呼ぶぞ!」ズボンのポケットからスマホを取りだす。
女はうつむき加減でぶつくさとナニかをつぶやいてから立ちあがり、キッと陽介を睨む。
「なんだよ?」陽介も目をそらさずに応じる。
「警察は呼べないよ。だって、お兄ちゃん動けないでしょ」
「なにをバカなことを」といいながらゾッとした。身体が石にでもなったかのように硬く、指先ひとつ動かない。「なっ、なにをした!」
女は「ん」と、小首を傾げた。芽衣子がよくする仕草だった。
「だから、なにをした!」
「首より下は魔法で動けなくしちゃった」
「魔法だと! ふざけるな!」陽介は恐怖を誤魔化すように、怒鳴り返した。
それにしても、なぜ身体が動かない? 薬物? それとも、催眠術的なものか!?
「なになに、なんかあったの」後ろから母の声がした。
「来るなっ、母さん! 勝手口から逃げろ!」陽介は必至で訴えたが、「なにいってんの?」と不機嫌そうな声を漏らしながら母が玄関にやってきた。
「お……お母さん……」女が嗚咽混じりにいった。
「オカアサン……お義母さん、ってこと? あんた、このお嬢さんと結婚するの?」
「なわけないだろ! てか、早く逃げろっ! こいつは強盗かもしれないんだぞ!」陽介は再度危険を主張するも、母はため息で応じた。
「ところで、芽衣子は? まだ外?」
「こんなにも大きくなっちゃったけど……」女はぐすりと鼻をすする。「私が芽衣子だよ、お母さん」
しばらくの沈黙のあと、「似てはいるけど、すごく」と、母は目を細めた。
「だまされるな、母さん! 芽衣子はまだ中学生だろっ!」
「そうね……でもそんなことより、身体が動かないんだけど……」
「だから逃げろといっただろ!」陽介は母を一喝してから、女を強く睨んだ。「おい! 俺たちをどうするつもりだ! なにが目的なんだ!?」
「まあ……そうよね。普通は、私が芽衣子だなんて信じられないよね。でも、私としては、やっと、やっと、お母さんとお兄ちゃんに会えたんだよ」
女は両手で顔を覆い、何度か嗚咽をもらしてから、涙を拭うように手をはなした。
「それじゃあ、もう一度いうわ。私は佐藤芽衣子。お母さんの娘で、お兄ちゃんの妹だよ。いろいろあって、今は二〇歳になっちゃったけどね」
「信じられるか!」
「じゃあ、私が芽衣子である証拠を示してあげる。家族じゃないと知らないはずのこと」
「家族しか知らないことだと!?」
「そう。お兄ちゃんは、お父さんの遺書を持ってるよね」
「遺書なんてないわ! 自殺ではないんだから!」すぐさま母が否定した。
父が死んだのは二年前だった。IT技術者だった父は、毎日深夜まで働いていた。そしてある日、いつものように深夜家に帰り、眠り、そのまま目覚めることはなかった。過労死だった。
「じつはあるんだよ。お兄ちゃんの机の引き出しの奥に」
「なぜ、それを知っている!」陽介は目を見開いた。
「どういうこと」母も大きな声をだした。
「私ね、お父さんが亡くなってから、お兄ちゃんの部屋にしょっちゅう入りびたっていたの。お兄ちゃんが仕事で部屋にいないときだけね。タバコ臭いのは嫌だったけど、漫画読んだり、何かお兄ちゃんの弱みがないか、探してみたり……。そして見つけたの。お父さんの遺書を」
「おい、それは……」
「うん。お父さんが実際に書いた遺書じゃないよね。いきなりいなくなったお父さん……そのお父さんの代わりにお兄ちゃんが書いた遺書だよね」
陽介はなにもいえず、母を見た。母は目を逸らした。
大きく息を吸い、そして吐く。しばらくの沈黙のあと、陽介はつぶやいた。
「本当に芽衣子なのか……」
「そうだよ!」その女、芽衣子が勢いよく頷く。「あの日、お兄ちゃんに意地悪されたからいつもの神社に行って、お兄ちゃんの悪口いってたら突然光に飲み込まれたの。気づいたら異世界にいて、そこで過ごしたのが七年。芽衣子は二〇歳になりました」
「異世界……だと!?」陽介は目を見開いた。




