1.妹が世界を救ってから(1)
陽介が家に着いたのは、もうすぐ日付が変わろうかという時刻だった。終電ではなかったので、これでも普段よりも早い帰宅だ。
リビングに入ると、妹の芽衣子が大の字になって、寝息を立てていた。今は七月の終盤、中学校は夏休みだ。
それをいいことに夜ふかししたあげく、そのまま寝てしまったのだろう。
「なんでこんな時間に、芽衣子が下にいるんだ?」
陽介はキッチンで洗い物をしている母に向かっていった。
「登校日のあと、友達とプールに行って疲れたんじゃない。晩ご飯を食べたら、そのまま寝ちゃったの。起こして自分の部屋で寝るようにいって!」
「わかった」と返した陽介は、帰りにコンビニで買った缶ビールを取りだし、一気にあおる。
半分ほど呑んだところで柿ピーをだした。それをつまみにビールを呑み干し、二本目の缶ビールを開けたところで、母が怒鳴った。
「さっさとしろ!」
陽介は鼻先をかいてから、「おい、おきろ」と芽衣子の肩を揺らす。返ってきたのは気持ちよさそうな寝息だった。
「しかたないなぁ」とつぶやき、手にあったピーナッツを芽衣子の鼻の穴に押し入れてみた。
んん、と声を漏らしながら眉をよせた芽衣子だが、まだ起きない。
陽介は少し愉快になって、もう片方の穴にもピーナッツを押し込んでみた。すぐに芽衣子はくしゃみとともに目覚めた。
ピーナッツは勢いよく飛びだし、陽介は咽るぐらい笑った。
「へっ! なになに!?」芽衣子は混乱していたようだが、やがて何をされたか気づき、激怒した。
「すまんすまん。俺が悪かった」
陽介はすぐに謝ったが、芽衣子の怒りはおさまらない。陽介の胸や肩を何度か叩いたあと、「バカッ! 死んじゃえっ!」と怒鳴りながら家を飛びだした。
「なにやってんのよ!」母が怒鳴る。
「わかってる」陽介はぞんざいに答えてから、残りのビールをあおり、タバコに火をつけた。
母は続けて小言をこぼすが、気のない返事を繰り返していると、やがて洗い物に戻った。
二本目のタバコを吸い終えて、灰皿に押し込んだ。時間を確認すると、芽衣子が家を出てから一〇分ほど経っている。会話が成立するくらいには、落ち着いた頃合いだろう。
陽介は腰をあげた。
芽衣子が怒って家を出たときは、いつも近くにある神社の賽銭箱の前で拗ねている。しばらくすると陽介が迎えに来るので、芽衣子は何度か陽介を謝らせたあと、慰謝料を要求するのだ。
前回はチーズケーキで手打ちとなった。
今回はどうしようかと、つぶやきながら陽介は玄関に向かった。こちらの非もあるし、以前から欲しがっていた一万円を越えるランニングシューズでも提案してみようか。
喜ぶだろうな……。
陽介は芽衣子が飛び跳ねる姿を想像してニヤケながら、玄関扉を開けようと手をのばす。
だが先に、外側から勢いよく扉が開かれた。
「もう帰ったのか」反射的にそういったが、扉の先にいたのは芽衣子ではなかった。
まっ赤な学ランのようなモノを着た二〇歳あたりの女だった。
陽介は驚きと緊張で一瞬だけ固まったが、すぐに「誰だ」とその女を睨む。女は名乗るでもなく、「会いたかった」と泣きだした。
「だからお前は誰だ! 今は深夜だ。警察呼ぶぞ!」
「さて、誰でしょう?」女は涙を流しながらも微笑んだ。
女は芽衣子にそっくりだった。腰まで届く長い黒髪、くっきりとした眉毛に大きく黒目勝ちの眼。泣いているということもあるが、その瞳は煌めくように潤んでいる。
そして、桃色のぷっくりした唇と、その右下にはホクロ。
芽衣子……いや、ありえない。ただ似ているだけだ。
陽介は首をふった。だいたい芽衣子はまだ、中学生じゃないか。
「お兄ちゃん! 会いたかった!!」しびれをきらしたかのように女は駆けだし、陽介に抱きついた。




