38.アルキアスの刺客(1)
鬼塚はいなくなっていた。
「たしかに数分は遅れたかもしれんが……」
ぼやきながら、駅の方向に走る。五〇〇メートル先の交差点で、鬼塚に追いついた。
「どうして、先にいっちゃうんですか!?」息を整えながらいう。
「一分を過ぎたからよ」
「少しくらい、待ってくれてもいいじゃないですか。準備や家族との別れが一分で収まるわけがないでしょう。これでも、驚くほど早いはずだ」
「遅刻の言い訳なんか、聞きたくないわ」と残して、鬼塚は歩きだす。信号が、青に変わったのだ。
ため息の後、陽介は鬼塚の三歩後ろに続いたが、すぐに隣へ移動した。鬼塚と肩を並べて、生まれ育った街を歩く。
奇妙な感覚だった。自然と言葉が多くなる。
ここを右に行くと、俺と芽衣子が通った小学校がある。あの公園は芽衣子と一緒によく来ていた。
などと話しかけていたが、鬼塚の相槌はだんだん短くなり、声色も尖ってきた。あからさまに機嫌が悪くなっている。
陽介は混乱したが、ふと内澤の言葉を思いだした。
『佐藤とサイトウさんが仲よさそうだったから嫉妬したんだよ』
芽衣子、芽衣子と、いい過ぎたのだろうか……。ぼんやりそう考えていると、駅に着いた。
「喉が渇いた。お茶買ってきて」鬼塚は命令するようにいい、道路の反対側にあるコンビニを指差す。
陽介は頷き、車が来ていないのを目視しながら、やや駆け足でコンビニに向かった。出入口の自動ドアが開くが、足を止める。少しの間思案してから、鬼塚の元に戻った。
「一緒に行きませんか? 緑茶や烏龍茶、お茶にも色々ある」
言葉どおりの意図もあるが、従者のような扱いに対しての抗議が大半だ。
鬼塚の反論に陽介は身構えるも、あれ? と首を傾げた。
鬼塚は眉間に深く皺を刻みながら眼を閉じ、音にはでていないが呪文でも唱えるように慌ただしく口元を動かしている。それは、芽衣子やミオリが魔法を唱える姿に似ていた。
数瞬後、目を開けた鬼塚は怒鳴る。
「どうして、まだここにいるのよ!」
「どうしてって……」
陽介がぼやいた直後に、鬼塚以外の景色が変わっていった。駅前の騒がしい雑音が止まり、無秩序にひしめき合った色合いが落ちてモノクロになる。さらに風も吹かないし、なんの臭いもしない。まるで白黒写真の中に閉じ込められてしまったかのようだ。
一瞬は混乱した陽介だが、すぐにドウゼンと名のった鬼も、似たような世界を造りだしていたことを思いだす。
「この空間は、長男、キクマルが造ったのか……」
大きな舌打ちの後、「ちがうわ。私が造った」と鬼塚がいった。
「どうしてそんなことを?」
「混雑している駅前なんかで戦うと、死人がでるわ」
「キクマルが現れたから、主任が先んじて造ったわけだな!」陽介は恐怖で震えながらも、なんとか声を張る。「で、キクマルはどこに!」
陽介はあたりを見回す。鬼塚いわく、キクマルは東京タワーよりも大きい。
「キクマルじゃない!」
鬼塚はたしか、『兄はまだ二人いる』といっていた。
「長男じゃなければ次男のほうか!」
鬼塚はそれには答えずに、「隠れてないで、出てらっしゃい」と、大きな声をだす。
「はーい」と間延びした声で、一区画先のビルの陰から顔をだしたのは、ミオリだった。
どうやら、鬼塚の早とちりだったようだ。緊張から解放された陽介は、中腰になって、大きく息を吐いた。
「芽衣子に、連れ戻してこい、といわれたの?」陽介は笑顔でミオリにいった。
「いいえ。お兄様と鬼塚さんを殺しにきましたぁ」ミオリも笑顔で答える。
「はい?」
「では、お覚悟」
ミオリは陽介を指差す。直後に光の槍が放たれた。
陽介は唖然としたまま、指先一つ動かせなかった。喉元にあと数センチと迫ったところで、光の槍を弾いたのは、トーキを纏った鬼塚の拳だった。
「芽衣子さんが目覚めたら、私を捜そうとするだろうから、私を殺したいのは理解できるわ。でも、佐藤君は違うでしょ!」鬼塚が怒鳴る。
「待ってくれ、鬼塚主任。誰々は殺してもOKで、誰々はNG、とかいう問題じゃない。ミオリさんがヒトを殺めること自体……俺には信じられない」
陽介はついさっきの出来事を記憶から押しだし、ミオリを擁護した。
「巫女がヒトを殺すなんてあり得ないことですよぉ」
「たしかに私はヒトではなく、鬼よ。でも、佐藤君は正真正銘のヒトじゃない!」
「私にとってヒトとは、アルキアスの民です。お兄様もメーコ様も、ヒトでなくて異世界のイキモノですぅ」
「あなたの理屈はわかったわ。では、あらためて訊くわ。私を殺すのは芽衣子さんに古代魔法を使わせないタメだとして、佐藤君まで殺す理由はなに?」
「アルキアスの平和のためですぅ」
「どうして佐藤君の命が、あなたの世界に関係があるの!?」
「それはですねぇ、創造神ララマナと古代神レ・イルとのロウラートの密約で、扉を開く代償としてエンゾの結びが……」
「待ってくれ! ミオリさん」理解不能な単語が並び、陽介は割って入った。「ミオリさんたちは、俺や母さんを刺客から守るために、この世界に来たんじゃないのか!」
「え!? あっ、うーん、刺客ですか……」ミオリは考えるような仕草さをしてから、満面の笑みで手を叩く。「しいていうなら、私がその刺客ですよぉ」




