37.ふたりの逃避行(6)
「じゃかましい!」芽衣子は怒鳴りながら、ミオリに頭突きをかました。「芽衣子様の鬼退治だ! ガタガタいうな!」
「痛いですぅ」と、ミオリは額を押さえて、めそめそ泣きだす。
「メーコ様! だからそれは、いけません!」シグゥアが強い口調でいう。
「なに? 私に逆らうの?」
芽衣子が睨むと、紅潮していたシグゥアの表情は白くなった。
「いいんだ。芽衣子」やっと陽介に順番が回ってきた。「ミオリさんと、シグゥアさんのいうとおりだ。関係のない異世界のことに芽衣子が巻き込まれる必要はない」
「関係はある。ヨースケを助けてもらった!」
「そんなに俺のことが好きだったのか?」陽介はわざとらしく肩をすくめた。
「好きとか嫌いとかじゃなく、ペットがご迷惑かけたら、飼い主が責任取るものなのよ!」
「誰がペットだ」陽介はため息混じりに応じてから、続けた。「次は小指の先じゃすまないぞ。長兄はシドマルより、ずっと強いらしい。下手すりゃ、指の数本はいくかもしれんぞ」
「だからなに?」
「なにって……」
「いいかしら?」鬼塚が割り込んだ。「シドマルを倒した芽衣子さんの古代魔法は素晴らしいものだと思います。私ではベニマルならまだしも、シドマルには逆立ちしても勝てません。でも、長兄のキクマルは、シドマルとは強さの桁が違います」
「どんなに強くても、古代魔法の前では関係ない! 黒い球に相手が触れれば、その身体が消失する。球の体積分ね。物質にしか反応しないから、魔法はもちろん、トーキとかいうエネルギーもすり抜けるわ」
「その体積が問題なの。キクマルは凄く大きいの」
「いえ、問題にならない」芽衣子は胸を反らした。「魔人の王は都庁より大きかったんだから」
そんなバケモノと戦っていたのか、と陽介は驚愕した。左手と右眼だけですんだのが、奇跡的なことに思えた。
「魔人の王って凄いのですね。たしかにシドマルよりも桁違いに強いのでしょう。その王を倒した芽衣子さんはそれ以上に……」
「そう。私って凄いの」
「でも。長兄のキクマルは東京タワーより大きいの」
「そんな、バカな!」陽介の声は裏返っていた。
「いったでしょ。キクマルは歴代最強だと。同じ兄弟でも桁違いだと」
「誇張なんかじゃなく、本当に桁が違うとは……」陽介は呟き、芽衣子を見る。
「どんなに大きかろうと、絶対に私が勝つ!」
「勝ったところでなんだ! 次は右手、さらに足まで失うことになるかもしれないぞ!」
陽介は怒鳴った直後に悲鳴をあげた。いきなり、肩口が燃えだしたのだ。慌ててシャツを脱ぎ捨て、燃えている箇所を何度も踏みつけて鎮火させた。
「何をするんだ!」
「ごちゃごちゃうるさい! 私を止めたいなら、力ずくでやってみな!」
無茶苦茶いいやがる……。
陽介が呆気にとられていると、芽衣子の首がカクンと落ち、すぐに身体も崩れて横になった。
「私の勝ちですぅ」ミオリが勝ちどきをあげるかのように、腕を上に突きだす。
「え? ミオリさん?」
「メーコ様が力ずくでいいっていったから、眠らせちゃいましたぁ」
ミオリの言葉どおり、芽衣子の寝息が聞こえてきた。
「えーと、鬼塚さんでしたわね。さあ、今のうちにお帰りください」
「そうですね」鬼塚は頷いてから、もう一度礼をいい、陽介の制止も聞かずに家を出た。
陽介も慌てて外に出て、鬼塚の腕をつかむ。「待って下さい。俺も一緒に行くといったでしょ」
「その格好で?」
シャツを燃やされ、脱ぎ捨てたままだった。
「準備してきますので、一〇分待って下さい」
「一分しか待たないわ。急いで」
陽介は頷き、階段を駆けあがる。
「なんで、あんなに偉そうなんだ? 王様だからか?」
愚痴りながら、シャツを着て、ジーパンを履いた。財布をポケットに押し込みながら自室を出たが、すぐに戻る。机の引き出しから遺書を出し、折り畳んで財布に詰め込んだ。
約束の一分には間に合わなくなるが、リビングに寄り道した。
何かいいたげなジンの視線を無視し、芽衣子を見る。気持ちよさそうに眠る芽衣子の隣には、より添うようにシグゥアが座っている。
さよなら、芽衣子。幸せにな。
陽介は心中でつぶやいてから、踵を返したが、すぐにふり向く。
芽衣子の姿を網膜に焼きつけるようにしばらく凝視してから、家を出た。




