32.ふたりの逃避行(1)
「よかった、無事だったんですね」まずは、その言葉が出た。
「あら? もっと、驚くかと思ったのに」
「すぐ会える。そんな予感があったんです」陽介もベッドに腰を下ろす。「で、ナニモノなんですか? 鬼塚主任は」
「佐藤君こそ、ナニモノ?」
陽介と鬼塚は見つめ合う。そして、同時に笑い声をあげた。
ふう、と息を落としてから、「俺は普通の地球人です」と、陽介は答える。
「サイトウさんは?」
「妹なので、地球人です」
「妹さんなの!?」
「そうです。もともとは普通の中学生でした。けれど、異世界に飛ばされて七年、そこで魔法を覚えて、その異世界を救ったそうです。一度はここに戻りましたが、再び異世界にいってさらに七年、人類の敵だった魔人を全滅させたとのことです。一ヶ月前は中学生だった妹が、今では年上になってしまいました」
「妹さん以外にも、何人かいたようだけど」
「ええ。その異世界の人たちです。巫女と騎士と政治家。鬼塚主任のケガを治したのは、その巫女の魔法です」
「その方々は……命の恩人ですね。しかも、私のせいで傷ついたのでしょ?」鬼塚はうつむいた。
「そうですね……」陽介は右手の小指を見る。「でも、俺も鬼塚主任に命を救われた。テッペイの攻撃から……命を投げて俺を救ってくれた」
「だってそれは、私の問題じゃない! 佐藤君を巻き込めない!」
鬼塚は顔をあげる。切れ長の大きな眼から、涙が流れていた。
「俺たちも、その異世界の刺客から命を狙われています。巻き込まれるのが、どっちが先だったか。それだけのことです」
いいながら、会社は辞めようと陽介は決心した。
アルキアスの刺客のせいで誰かが傷ついたら……そう考えただけで、怖くてしかたなかった。
「シドマルとベニマルは、どうなったの?」涙を拭いながら、鬼塚はいった。
「こちらが勝ちました……。つまり、殺しました。兄だったのですよね。でも、それを謝罪するつもりはありません」
「ええ、謝罪の必要はもちろんないわ。あと、正確にいうと、シドマルは兄だけど、ベニマルは弟よ」
「兄弟で、争っているんですか?」
「そう」
「遺産相続でもめている?」
「揉めているのは正解だけど、相続自体は終わっているの」
「どういう意味ですか?」
いいながら陽介は腰をあげて、机の上にあるタバコに手を伸ばしたが、なぜかその手はピースサインを作っており、タバコをつかもうとしてもピースのまま固まって、動かない。
「これが、相続した遺産よ」
「えっ、それって、どういう……」
「長くなるけど、聞いてくれる? 私のこと、私がいた世界のこと」
陽介は頷き、タバコをあきらめてベッドに座りなおした。
「昔々はるか昔。とある世界には、人間と、鬼のような姿のイキモノが暮らしていました」
昔話でもするかのように、鬼塚は話しはじめた。
「人と鬼はその世界の覇権をかけて、つまりは食物連鎖の頂点をかけて、争っていたわ。鬼は人より圧倒的に強く、人など何人で挑もうが相手にならなかった。それでも、人には知恵があり、数も多かった。当初は鬼の方が優勢だったけれども、人が増え、さらに武器を持つようになり、徐々に押し返された。ついに鬼は絶滅寸前となった。でも、奇跡が起きた。三本目のツノを持つ鬼が現れたの。鬼たちは彼を神の化身と呼んだわ!」
若干熱を帯びた鬼塚の声に、陽介は首を傾げた。
「あのー、三本目のツノがあったからって、なんなんですか? 頭突きでの攻撃力はあがるのかもしれませんが、そもそも、ツノを使っての直接攻撃なんて、していませんでしたよね?」
「三本目のツノには、特別な力があったの。人を操る力」鬼塚は陽介の手を見る。
陽介もつられて、自身の右手に視線をやる。ピースサインがOKサインに変わっていた。
「俺も……操られている?」
「そう。この力で、鬼たちは状況を変えていった。三本目のツノとその能力を次世代に継承し、万年続けた争いを五〇〇年で終わらせた。人は絶滅したわ」
「人類が絶滅!?」
地球とはまったく関係のない異世界の話とはいえ、ショッキングな言葉だった。




