30.いにしえの魔法(2)
「心も鍛えろ、俺のその言葉を、最後まで聞くべきだったな」
シドマルはやれやれと、シャツの砂埃をはらった。
シドマルの傷からの出血はすでに止まっていた。中には傷口自体がふさがっているものさえある。
「時間制限がある力だからといって、焦りすぎだ。だから、俺が少し隙を見せてやるだけで、食いついちまうんだ。それでも、手数と機動力はたいしたもんだったぜ」
シドマルは、動く気配のないシグゥアを一瞥してから、こちらを見た。憐れむような笑みにさらされ、陽介は頭の芯が冷たくなるのを感じた。
ゆっくりとシドマルが歩いてくるが、「お待たせ」との芽衣子の声で止まった。
陽介はふり返る。芽衣子は右手を天に掲げており、ピンと伸ばした人差し指の先には、バスケットボールより一回り大きい黒い球体があった。
ミオリの白い光やシグゥアの青い輝き、さらにシドマルの赤いトーキ、系統は異なっていても、どちらもエネルギーの塊には違いないだろう。
だが、この黒い球体には一切のエネルギーを感じなかった。熱も光もなく、質量すら感じない。虚空とでもいうべきだろうか。
「なんだそれは!」シドマルは驚愕の表情で声をあげた。
部下が死のうが弟が死のうが、ミオリの光でもシグゥアの猛攻でも、シドマルは王者の風格を崩すことなく常に堂々としていた。
それが今、はじめてブレた。
「オーーーガム!」
魔法起動のためであろう呪文を芽衣子が叫び、シドマルを指差す。
黒い玉が飛ぶ。
シドマルは踏ん張るような体勢で、両手を前にだす。そこから溶けた金属のように濃いトーキが渦巻く。
衝突。
爆弾が炸裂するかのような閃光と衝撃を予想して、陽介は身体を縮めたが、徒労に終わった。
音も光もなく、シドマルの頭部と首と右肩が消え失せたのだ。ぼとりとトーキは流れ落ち、残った身体もパタリと倒れた。
「なにが……」陽介は茫然とつぶやく。
「古代魔法です」ジンがいった。
「古代魔法?」
「アルキアスでも、メーコ様だけが使える魔法です。他のエネルギーに干渉されることなく、その黒い球体の体積分を削る。だから、トーキで守られていたシドマルも倒すことができたのです。メーコ様の古代魔法にはアルキアスも恩恵を賜りました。強固なマオーラで守られた魔人の王族を打ち破るには、ミオリ様の光魔法ですら難しく、メーコ様の古代魔法が必要だった……」
「そんな凄い魔法をだし惜しみしたのは……リスクがあるのか?」
「詠唱者の身体を削ります」
「ちょっと待て! 魔人の王を撃ち破った芽衣子は左手と左目を失ったと聞いているぞ! それって?」
「ええ。古代魔法の代償です」
「じゃあ、さっきのでも……」陽介は芽衣子のほうへ視線をやる。
「久々だったから、ヘタこいたら手首くらいまで持っていかれるかと覚悟してたけど、ほれ、こんなもんで済んだ」
芽衣子はすまし顔でいい、右手の小指を突きだした。爪がある辺りが、ごっそり抜け落ちている。
陽介は絶句し、他に手はなかったのかと自問したが、答えはでなかった。
「メーコ様。逃げるという選択肢はなかったのですか?」ジンは暗い声でいった。
「ミオリもシグゥアもダウン中。あの状況で、どうやって逃げるのよ?」
「あの状況になる前にです。ミオリ様の魔法で、遠くに飛ぶこともできたはずです」
「逃げ切れる保証なんてないでしょ」
「試す価値はあったはずです。イコウルの刺客が相手ならともかく、よく分からない争いに命を懸けてどうするのですか?」
「ちょっと待て! 確かアンタは、シドマルたちは刺客じゃないといっていたよな。だが、あいつらは妹を殺すのが目的といった。つまりは、芽衣子を殺そうとしていた。そういうことだろ」
「陽介君の妹ではなく、彼らの妹という意味では?」
「どういうことだ?」いいながら、陽介はピンときて、あっと声をあげた。
「ごちゃごちゃ、うるさい! 悪者を退治した、それだけよ!」芽衣子が怒鳴る。
なるほど、芽衣子がシドマルたちを敵として処理しようとした理由がわかった。おそらく、いや、間違いなく俺のためだ……。俺のために主任を守ってくれたのだ。
「芽衣子」陽介は涙をこらえながら、近づいた。
「なによ」と不機嫌そうに芽衣子は返す。
「俺の指を貰ってくれ。左手と左目も、そうしたんだろ」
「ヤニ臭い指なんか、いらないわよ!」
そう芽衣子が返すのとほとんど同時に、ギャーッと、奇声があがった。
声の主はミオリだった。




