29.いにしえの魔法(1)
シグゥアはさっと跳んで元の位置に着地、首がないベニマルの巨体は崩れるように倒れた。
「やったのか……」陽介は声を震わせる。
「そのようですね」ジンが答える。「でも、トーキを持つ彼らを倒すには、イコウル帝国で三本の指に入るシグゥアさんをもってしても、アルキアスで三指のミオリ様の魔法で、そのトーキを削る必要があるようです」
陽介はミオリを見た。虚ろな表情で揺れだした。慌てて駆けより肩を抱くと、力なく身をよせてきた。
「ミオリさん、大丈夫か!」陽介は逼迫した声をあげたが、返答は「グゥー」だった。
ミオリは幸せそうな表情で寝息を立てる。半開きの口元からは涎が垂れていた。
「白いのが目覚めるまで待つなんてことはないぜ。俺は弟とは違う」シドマルが顎でミオリを指す。
陽介はミオリの身体をそっと下に寝かせてから、その前に立って両手を広げた。
「それを守る気概なら無意味だぜ。お前さんの身体なんて、紙きれ同然だ」
「だとしてもだ」
「そうかい。好きにしな」
シドマルはトーキが流動する腕をふった。野球ボールほどのトーキの塊が高速で飛んでくる。
後ろにミオリがいるので避けることはできないが、そもそも人間が回避できるような速度ではない。陽介は息をするのも忘れ、目を見開く。
トーキが眼前に迫ったが、それを弾いたのはシグゥアの蒼く輝く右手だった。
陽介はゆっくり息を吐いた。「ありがとう。シグゥアさん。迷惑なことしちゃったか?」
「いえ。お守りするには、一箇所に集まっていただいたほうが、助かります」
ジンが顔をひきつらせながら、こちらに走って来る。芽衣子もフワリと飛んで、シグゥアの後ろに降りた。
「ミオリの代わりは私がするけど、ミオリほど早くは起動できない。時間を稼いで」
芽衣子がいい、シグゥアは頷いて数歩前にでた。
「ベニマルなら待ってやるのだろうが、こちらもいろいろ事情がある。一ヶ所に集まったのは好都合だ。一瞬で終わらせるぜ」
シドマルが全身から液体のように濃いトーキを噴きあげる。それが拡散し、雨粒サイズのトーキが、数千とも数万ともわからない量でシドマルの周りを漂う。
その濃密なトーキの粒が身体のどこかに当たれば致命傷だと思われる。頭部などの急所なら即死だろう。野球ボールサイズの一撃ならシグゥアも対応できるのだろうが、これは数が多すぎる。
陽介は驚愕し、うっすら死を覚悟した瞬間、シグゥアはワープしたかのような速度で間合いを詰めて、シドマルの額に蒼く光る拳を放った。
シドマルはその一撃を喰らってのけ反りながらも、トーキを纏った足で蹴り上げる。シグゥアの蒼い手刀と、トーキの足技が激突。
甲高い音と同時にハレーションのような輝きがあり、シグゥアは勢いで後方に吹き飛ばされたかのように見えたが、身体を反転させて綺麗に着地。
シグゥアが纏っている赤い長袖の軍服は、肘から先が消え失せるも、シグゥア自身は無傷に見えた。
一方、シドマルは額に血が滲んでおり、トーキの粒も全て下に落ちて、煙をあげている。
「シグゥアさんの蒼く光る腕は凄いな……」
陽介はつぶやいた。もしかすると、ミオリの魔法も必要なかったのかもしれない。
ジンが首をふり、「長くは持たないです」と小声で答えた。
「たいしたもんだぜ。要は小さいのを殺さないかぎり、他には手出しできないというわけだな」
シドマルはやや愉快そうにいい、ゆっくり歩みよってきた。
低くかまえていたシグゥアだが、シドマルがあと五メートルほどまで近づいた刹那、先手を打って奔る。
蒼く輝く右手は、まるで彗星のように光の尾を引いて、シドマルの胸を目掛けて流れる。
シドマルは中国拳法のように、足を開いて腰を下げながら、トーキを纏った肘を突きだす。
青と赤が激突、ピカリと光り、耳を貫くような高い音と、衝撃波と呼ぶべき強風が押しよせた。
陽介はとっさに両腕をあげて顔を守ったが、すぐに手を下ろしてシグゥアの姿を確認する。
トーキの一撃で押し戻されたのであろう。シグゥアは陽介の真横にまで下がり、鋭く尖らせた右手の指からは、ポタポタと血がこぼれていた。
シドマルはその場で肘を突きだしたまま、押された様子はなく、新たな傷もない。
二回目の攻防の軍配は、シドマルにあがったようだ。
「小さいのは力に頼りすぎだ」と、シドマルはかまえを解いて講釈を垂れだした。「その青く光る手がなまじ強いからだな。もっと技を鍛えろ。そして心も……」
終わるのを待たずに、シグゥアが駆ける。
すきだらけのシドマルの喉元に蒼く光る手刀を突き刺す。シドマルの首筋から、血が吹きでたが、致命傷とはならなかった。トーキに守られていたからだろう。
だが、シドマルはまだ、反撃の体勢ではないどころか、かまえすらとれていない。
千載一遇のチャンスだと、陽介は感じた。実際、シグゥアは攻撃の手をゆるめなかった。
光る右手の手刀を刺す、胴をはらう、肩口に滑らせる。さらに続くが、それ以上は速過ぎてどんな攻撃か理解できなかった。青い光の筋が飛び交っているようにしか見えないのだ。
シドマルは液体のように濃いトーキを纏った状態で、血しぶきをあげながらも避け、肘や膝で迎え撃ち、かろうじて致命傷を避けているようだった。
陽介はその攻防を祈るよう見ていたが、シグゥアの両手両足まで青く輝いていることに気付き、息を呑んだ。
青い光の筋も驚くほど増え、シグゥアを覆いつくす勢いだ。防戦一方のシドマルの流血は増え続け、シグゥアが有利なのは明白に見えた。芽衣子の魔法を待つまでもなく、決着がありえる。
「頑張れ、シグゥアさん!」と、陽介は全力でエールを送った。
その効果かどうかはわからないが、シドマルの脇腹にシグゥアの回し蹴りがクリーンヒット。シドマルは血の帯をほどきながら地面を数メートル転がる。
今だ、とどめを! と陽介が声をあげる前に、シドマルが立ちあがった。
至るところに出血はあるが、表情にはまだ余裕があるように見える。それでも、シグゥアの凄まじい攻撃に対応できていないシドマルを、追い詰めているのは間違いない。
「シグゥアさん、あと、ひと押しだ!」陽介は勢いよくいった。
シグゥアは応じることなく、糸を切られたマリオネットのようにその場で崩れた。
な、なにが……。
陽介は呆然とつぶやきながら、『長くは持たない』とのジンの言葉を思いだし、青ざめた。




