27.セピア色の決戦(3)
「そんなことは一言もいってませんが……」
「あんな化け物、刺客以外にないだろ! イコウルが魔人と手を組んで、刺客としてよこしたとしか考えられない!」
「あれは魔人ではないですよ。それに、ヒトが魔人と手を組むなんて、世界がひっくり返ってもありえないことです」
「刺客じゃないなら、あいつらはなんだったんだ!」
「やはり、そこに行き着きますよね」
「うっさい、そこ! 刺客じゃなくても、敵には変わりない! 来るわよ!」芽衣子が怒鳴り、陽介は炎の山に視線を戻した。
山のいたるところから、赤い煙のようなものが漏れだす。やがて、噴火のように、轟音とともに赤い煙が立ちあがる。
赤い煙はすぐに霧散したが、炎の精霊たちは跡形もなく消え失せ、残ったのはドウゼンと、鬼の容姿に変貌したシドマルとベニマルだった。
二人とも、大きさは変わっていない。二本のツノが生え、皮膚が青黒く変わっただけだ。
「兄じゃ。テッペイの仇だ、僕が行く」ベニマルがいい、一歩前にでた。
シドマルは「好きにしろ」と応じる。それに反目したのはドウゼンだった。
シドマルとベニマルは無傷に見えたが、ドウゼンは大半の皮膚がただれ、生きているのが不思議なありさまだ。
「後生であります。わたくしめに、戦いでの死を」
シドマルは手をあげ、ベニマルを制した。
「ゆるす。シドマル組十傑ドウゼンよ、シドマルの名で命じる。敵を殲滅せよ」
ドウゼンが両手を広げ、雄叫びをあげた。その腕には微かに赤黒い煙を燻らせている。
「シグゥア! 風の精霊で造った」芽衣子がうっすら白い半透明の剣を投げた。
シグゥアが受け取った瞬間、ドウゼンは猛然とシグゥアに迫る。
「シグゥアさん!」陽介が叫ぶ。
その声と、シグゥアの一閃がドウゼンの首を飛ばす、ミオリの光の槍がドウゼンの胸を貫く、それは同時に起きたことだった。
断末魔の叫びもなく、首を失ったドウゼンの身体は崩れ、沈黙の風が流れた。
それを打ち破ったのはベニマルの咆哮だった。
ベニマルは赤い煙を全身から噴きあげながら一歩踏みだす——のと同時にシグゥアがベニマルの顎を蹴りあげる。
ガラ空きの喉元に風の剣を一閃、さらにベニマルの顔を両足で蹴り押して宙を舞い、元の位置に着地。
電光石火とは、まさにコレのことなのだろう。
だが驚くべきことに、ベニマルは首筋に血を滲ませただけで、逆にシグゥアが持つ風の剣が、強酸にさらされたように朽ちていた。
ベニマルを蹴飛ばした足も、靴が消え、脛が露出するほどに白いスラックスが削られている。
「ちっこい、やつ。すげー面白い!」ベニマルが笑みを浮かべた。
テッペイの歪んだ笑みとは種類が違い、おもちゃを与えられた幼児のものに感じた。分別のない幼児が罪の意識なく昆虫に向ける残虐性、それと同様なものをシグゥアに向けたらと考え、ぞっとした。
「俺たちは敵じゃない! 誤解だ、話せばわかる!」陽介は声を張りあげる。
やつらが刺客でないのであれば、この戦闘は無意味だ。シグゥアやミオリ、芽衣子をこれ以上危険に晒すわけにはいかない。
「あいつらの部下を殺している。今さら和解もないわ!」芽衣子は早口でいい、シドマルを指差して炎の矢を放つ。
シドマルは煙を纏った腕を振って、炎の矢を消し去り、「ないな」と答える。ベニマルは咆哮で応じた。
シドマルが和解を拒否したことは、しかたないことだ。もともと、あまり期待はしていなかった。それよりも不可解なのは、開戦を急かすような芽衣子の態度だった。
だが、それを思案する猶予などない。ベニマルが赤い煙を纏った両腕をがむしゃらに振りながらシグゥアに跳びかかる。
シグゥアは全ての攻撃を機敏に避け続け、ベニマルの一呼吸の隙を狙って反撃にでた。
疾風迅雷!
左足で股間を蹴りあげてからの、ジャンプ、顎に膝、喉に手刀、鼻に肘、眉間に拳、最後はドロップキック、両足で押しだすように顔面を蹴り飛ばす。
ベニマルは公園の端まで吹き飛んだ。
シグゥアは華麗に着地したが、足の指は真っ赤で、ひざ、肘、拳からも血が流れていた。ミオリの魔法すら消し飛ばした赤い煙、それを纏ったベニマルに素手で攻撃したからであろう。
「マオーラ」ジンがつぶやいた。
「なんだ?」
「いや、あの、赤い煙です。魔人も王家の血筋になると、マオーラという似たようなエネルギー体をあやつります。魔人の場合は赤ではなく、灰色でしたけど」
「マオーラというのは聞いたことないな」シドマルがこちらを向いて腕を前に伸ばす。拳から赤い煙が龍のように立ち昇る。「覚えときな、トーキだ」
赤い煙はトーキというらしい。ありがたくもない情報だが、シドマルと会話するチャンスができたことは、生かすべきだ。シドマルの機嫌を損ね、トーキとやらがこちらに放たれるリスクを意識しながらも、陽介は質問した。
「あんたらの目的はなんだ」
「安心しな、お前と、その隣の男には興味がない」
「答えになっていない」
ふふ、とシドマルは笑みで応じた。「正直に答えてやろう。妹の命だ」
「妹……やはり、芽衣子の命か!」陽介が声を荒げた瞬間、光の矢がシドマルとベニマルに降り注いだ。
豪雨のような光の筋が、やがて滝のように強烈な光の塊に変わる。ふり向くと、ミオリが眼を閉じ、天を指していた。




