25.セピア色の決戦(1)
陽介はすぐさま、鬼塚が飛ばされたほうに走った。
生垣の上から顔をだし、歯を食いしばりながら鬼塚を見る。道路の真ん中で鬼塚は、微かに光る球体の中に浮かんでいた。
隣でミオリが、「もう大丈夫ですぅ」と笑顔でいう。
生垣に半分よじ登っていた陽介は力が抜けて、崩れるように公園側に転がる。仰向けのまま星を眺めながら、「よかった」とつぶやいた。
「寝てる場合じゃないでしょ!」芽衣子の声がして、陽介は起きあがった。
芽衣子はシグゥアの三歩後ろで、勇ましく腕を組んでいる。そのさらに後ろにはジンがいて、呑気そうにこちらを向いて手をあげた。
陽介はジンの隣に駆けよった。ミオリと鬼塚も風に運ばれるように空からやってきて、フワリと陽介の隣に降りる。
光の膜に包まれた鬼塚には、意識がないようだ。
「鬼塚主任は……今どういう……」陽介は伺うようにいった。
「光魔法で治癒中ですぅ。この様子だと、一時間もあれば歩けるぐらいには、回復しますよぉ」
満面の笑みで答えるミオリは天使にすら見えた。赤い目の天使だ。
二番目の刺客が強烈な雄叫びあげてから、唸るようにいった。「いつまで寝たふりをしているのだ、テッペイ。ふざけすぎだぞ」
「怒るなよ、ドウゼン」第一の刺客、テッペイが跳ね起きる。「よし、テンションあがってきたぜ」
「お前は、遊びが過ぎる」
ドウゼンと呼ばれた第二の刺客がいった。テッペイより一回り大きく、横にも広い骨格と筋肉は、壁と称するものだった。
「あの小娘は俺の獲物だ。譲らんぜ!」テッペイはドウゼンをひと睨みしてから、視線をシグゥアに戻した。「俺はベニマル組十傑の一角、テッペイだ。お前も名乗れ」
「親衛隊コルトの隊長、シグゥアです」
テッペイは数瞬唖然としたが、「別になんだっていいぜ!」と怒鳴り、猛然とシグゥアに迫る。巨大な爪をふり下ろす。
シグゥアは機敏に避け、テッペイの顔面に拳を突きだした。少女の細い腕が、巨体を吹き飛ばす。砂埃をあげながらテッペイは地面を滑り、公園端の灌木にぶつかった。
絶命しても不思議ではない一撃だと陽介は思ったが、テッペイは唾を吐きながら悠然と立ちあがる。
「いいぜ、お前! 最高だ!」テッペイは両手を広げて空を仰ぎ、雄叫びをあげた。
直後に犬がけたたましく吠え、ヒトの悲鳴も重なった。誰かが近くで犬を散歩させていたのだろう。
助けを求めるという選択肢はあるだろうか? 刺客たちも人目は避けたいはずだ。それとも、無関係なヒトをただ巻き込むだけの結果となるだろうか?
陽介の考えがまとまらないまま、先に動いたのは刺客たちだった。ドウゼンが膝をつき、手のひらを地面に押しつけ、「オンッ!」と発する。
そこを震源に地震でも起きたかのように、地面が揺れた。震度3はあろうかという揺れはすぐにおさまるも、陽介は驚きのあまり、まばたきを繰り返した。
世界から色が抜け落ち、景色がセピア色になっていた。空も月も、大地も公園の緑もだ。
音も消失していた。先程の悲鳴はもちろんのこと、虫の声、車、風、街の雑音もない。まるで、時が止まったかのような世界だ。セピア色の木々は、葉が揺れる気配がない。
例外は陽介たちと刺客たちだけのようだ。色があり、身体が動き、そして喋れば声もでる。
「な、なんだ、ここは……」陽介はつぶやく。
「なんでしょうね」と、ジンも首を傾げた。「過去の文献によれば、魔力に特化した魔人が、空間をコピーして新たな疑似空間を造ったこともあったようですが……」
魔人だと! 陽介は絶句した。
青暗い肌で鬼に似た巨体の魔人という種族を目の当たりにして、陽介は脅威と嫌悪感を持った。
だが、アルキアスの民における宿敵を取り込んでまで芽衣子に殺意を向けるイコウル皇族たちに、それ以上の狂気を感じた。
こんなにも悪意が渦巻く争いに鬼塚を巻き込んだことが、あらためて申し訳なく思い、鬼塚の方を見た。光の膜に包まれ浮かぶ鬼塚はセピア色になっていた。
「鬼塚主任はっ!」
「魔法の中にいたから、こっち飛ばされなかったみたいですねぇ。でも、大丈夫ですよぉ。私がいなくても治癒の光が消えないように、エンドルに幅を広げていますから」
よく分からない単語が後半に入ったが、どうやら大丈夫なようだ。いったんはホッとした陽介だが、テッペイの悦な表情が目に入ってゾクリとする。
「これで邪魔は入らねーぜ。続きだ、小娘」
「援軍を呼んだ。それまで、こちらからは仕掛けるな」
「俺はお前の部下じゃねえ!」テッペイはドウゼンを睨めつけてから、腕を回しシグゥアに向かって歩く。
ドウゼンがため息で応じた瞬間、テッペイの足元から光の柱が立ちあがった。それは強烈な光で、テッペイの姿など影すら見えない。強い西日を避けるみたいに、陽介は額に手をかざす。
光は一〇秒ほどでおさまったが、そこにテッペイの姿はなかった。
「なんだ!?」陽介は目を見開いた。
二人目の刺客ドウゼンも同じように驚きの表情をしていた。
「ミオリ相手に、時間与えすぎ」
芽衣子がいう。




