24.妹の襲来(6)
まさかとは思うが、今から鬼塚の告白があるのだろうか……。
陽介はあらためて鬼塚を見た。長く美しい黒髪に、切れ長の瞳は力強く輝いている。すっきりした鼻筋と唇も、実にマッチしていて魅力的だ。さらに、背が高くすらりとしたシルエットは海外モデルのようだ。
ゴクリと喉を鳴らし、鬼塚の言葉を待った。
「サイトウさんって、素敵なヒトよね」
鬼塚らしくない変化球に、「そうですかね」と、陽介もじらすように返した。
「ええ、そうよ。すごく」
「だから、なんですか?」
いいながら、陽介は胸に手を当てた。ドクリドクリと大きく波打っていた。
「あのさ……」
「はい」陽介は鬼塚の射るような視線に対峙する。やはり鬼塚は毅然として美しい。
「サイトウさんは、私のことを何かいってなかった?」
「いえ、別に」
「サイトウさんから、私の出身や経歴の質問はなかった?」
「……特には」
まわりくどいなぁーと、陽介は思った。
「本当に?」白い指を口元に添え、数秒沈黙してから鬼塚は続けた。「サイトウさんのことを教えて。佐藤君が知っている全て」
「いやいや、主任。芽衣子のこと気にし過ぎですよ。ほんとになんでもありませんから」
「メイコって誰?」
しまった、と思った。「え、いや、誰でしょうね……」
「メイコって誰!」
繰り返した鬼塚の視線は殺意すら感じるほど厳しく、陽介はさらに困惑した。
「その、えーと、最近はまってる漫画のヒロインの名が……」雑な言い訳を作りながら、陽介は公園の入り口に人影があるのを認識した。「そろそろ帰りませんか? 人が来たみたいだし」
鬼塚は首をふる。「何を隠しているの?」
「いや、隠しごとなんて……」
いいながら、公園に入ってきた人影に目をやった。同じ年代の男だ。ジーパンにTシャツ姿で、ちょっとコンビニにでも、といった感じだ。
男と目が合った。こちらを舐めるよう見てニヤリ。嫌な予感がした。
陽介は鬼塚の白い腕をつかんだ。「駅に行きましょう。話はそこで聞きます」
「気安くさわらないで!」
「いいから、早く!」陽介はかまわず、鬼塚の手を引いて、公園の出口に向かおうとしたが、固まった。
男が雄叫びをあげ、衣服をはち切りながら巨大化したのだ。三メートルはあろうかという身長に、体躯もそれを支えるに十分な大きさになっている。肌は青黒く変色し、目が吊り上がって口も裂けた凶暴な顔には、ツノと牙が伸びる。
ミオリが魔法で造った鬼のような見た目だが、それよりもゾッとする何かを陽介は感じた。ミオリの鬼はライオンのような野生動物の獰猛さはあったが、眼前で雄叫びをあげる鬼の表情は一味違う。殺戮や破壊を好む狂気がうかがえた。
フェイクの刺客ではない、本物だ! そう陽介は断定した。
「逃げるぞ!」
陽介は鬼塚の腕をつかみ、刺客がいる方向の逆に走る。その先に出入口はないが、公園の周りは胸元ぐらいまでの生垣があるだけで、なりふりかまわなければすぐに突破できる。
鬼塚をひっぱりながら、生垣に飛び込んだ。枝を折りつつも、よじ登るようにして進む。生垣を突破しかけたものの、道路側から大きな体の男が現れ、突き飛ばされた。刺客は一人ではなかったのだ。
たいした高さではないが、転んで腰をしたたかに打ちつけた。それでも陽介はすぐに立ちあがり、同じように倒れていた鬼塚の手を自身の首に巻き、無理に立ちあがらせた。鬼塚は言葉なく茫然としている。
「逃がさねーぜ」
はじめに公園に入ってきた刺客が、巨体をゆっくり揺らしながら迫ってきた。
後ろにも第二の刺客がいる。陽介は右に走った。力なくうなだれる鬼塚を引きずるような状態だったので、早歩き程度の速度しかでていない。
「だから、逃がさねーって」第一の刺客が巨体にそぐわない速度で接近し、足払い。
陽介は鬼塚と共に転んだが、すぐに鬼塚の身体に手を回して立ちあがる。しかし、正面には三メートルの巨体が待ちかまえていた。
絶望に精神が侵食されるなか、背後で破壊音がして陽介はふり返る。眼前の刺客より、さらに一回り大きい鬼が、生垣を崩して、公園に入ってきた。先ほどの逃亡を邪魔した第二の刺客であろう。
二人の刺客にはさまれ、いよいよ陽介は覚悟した。それでも、鬼塚を巻き添えにするなんて、あってはならない。
「俺が目的なんだろ。このヒトは関係ない。逃がしてやってくれ」
陽介は鬼塚を隠すように立ち、第一の刺客を見据えながらいう。
「なにいってんだか」
第一の刺客は嗜虐的な笑みでいい、無造作に腕をふった。
全身をつらぬくような衝撃があり、陽介は飛ばされた。数メートル先の地面で転がる。立ちあがろうとはしたが、まだ先の衝撃で身体は動かなかった。
「逃げろ、主任! 逃げてくれ!」
不幸中の幸いというべきか、先の一撃に鬼塚は巻き込まれていない。陽介とは違い、鬼塚はまだ走れるはずなのだ。
だが、鬼塚は一歩も動かない。恐怖で動けなくなっていても、仕方がないことだ。当の陽介も、鬼塚を守るという使命がなければ、恐怖で固まっていたであろう。
第一の刺客が鬼塚の前で、また腕をふりあげる。
「待てっ!」陽介は叫び、先ほどは動かなかった身体のことなど忘れ、無我夢中で駆けだした。
刺客の拳がふり下ろされる直前、鬼塚を弾き飛ばそうと伸ばした陽介の両手が、届いた。
だが、「危ない!」と叫んで先に突き飛ばしたのは鬼塚のほうで、突き飛ばされた陽介は半歩後ろで尻餅をついた。
そして、刺客の一撃をまともにくらった鬼塚が、飛ぶ。公園の生垣などゆうに飛び超え、道路にあった電柱の上部にあたって、落ちる。
どさりと音がした。生垣が目隠しとなって鬼塚の姿は見えないが、無事であろうはずがない。
陽介は我を忘れ、奇声をあげながら刺客に殴りかかる。
高い打撃音と共に刺客がよろめき膝をつく。さらにふり回した拳は空振るが、三メートルの巨体が呻き声を残して、砂埃を上げながら地面を転がった。
そんなことありえない。
我に返った陽介は、隣でシグゥアが拳を突きだしているのに気づいた。
「シグゥアさん!」
シグゥアは地面に這いつくばる第一の刺客と、少し離れた位置にいる第二の刺客を交互に睨みながら「はい」と答えた。




