23.妹の襲来(5)
内澤は勘違いしたようだ。ありえないことだが、陽介は否定せずに無言で応じることにした。
内澤はため息のあと、続ける。「二年近く彼女がいなかった、ってのもあるけど、今回は本気だ。佐藤だからって遠慮はしないぜ」
「……そう、か」
再び沈黙がおとずれ、それを終わらせたのも内澤だった。
「美姫ちゃんが、佐藤を隣の席にした理由って、わかってるよな?」
「俺のアラを一個でも多く見つけて、説教するためだろ」
「違うな。佐藤とサイトウさんが仲よさそうだったから嫉妬したんだよ」
「なんだ、そりゃ」
「美姫ちゃんは、佐藤のこと好きだぜ、たぶん」
「逆だ、逆。嫌われてるっちゅーに。だいたいだなぁ、内澤は美姫ちゃんって呼んでるのに、俺は鬼塚主任っていわないと怒られるんだぜ。あと、内澤は『さん』付けなのに、俺は佐藤君だ。むしろ、お前のほうが好かれてるんじゃないか?」
「俺には、その他の先輩と同じ扱いだ。佐藤だけ特別なのさ」
「そんなたわごと、俺が信じると思ったのか?」陽介は鼻を鳴らす。
「まぁ、好きにすりゃいいさ。それより、定時なったらすぐに出発だぞ」内澤はそう残して喫煙所を出た。
陽介は新しいタバコに火を着け、ぼんやりとしながら煙を吹きあげる。すぐに、終業を告げるチャイムが鳴った。
「うん、体調不良ということにして、今日は帰ろう」
陽介はぼやくようにいい、次のタバコに火を着けた。
定時を過ぎたので、ぞろぞろ見知った顔が喫煙所に入ってきた。その中に鬼塚がいて、陽介はゴホゴホと咽せた。
「どうしたの? 内澤さんもサイトウさんも、待っているわよ」煙たそうに顔をしかめた鬼塚がいう。
「へ?」
「内澤さんに誘われたのよ。私が行ったらご迷惑かしら?」
「あのやろー、そうきたか」
「なに?」
「いや……えと、その……今日は体調不良なので、帰ろうかと」
「体調不良なのに、何本もタバコを吸えるわけないじゃない。早くしてちょうだい」
鬼塚はキッと睨んでから足早に喫煙所を出ていった。
飲み放題があるいつもの大衆居酒屋ではなく、内澤が予約したのは和創作料理のお洒落な店だった。
四人掛けのテーブルに座る。隣は鬼塚で、正面は芽衣子だ。芽衣子の隣にはちゃっかりと内澤がいる。乾杯のあと、立て続けにビールをあおったが、少しも酔いはまわらなかった。
芽衣子と内澤は、二人で盛り上がっていた。歴史も文化も生活もアルキアスに染まった芽衣子を相手に、よくそんなに会話を維持できるものだと、ほとほと感心した。
軟骨の唐揚げを食べれば、「雷鳥のトサカみたいにコリコリしてる」、クリームコロッケを食べれば、「大羊の脳ミソみたいにクリーミー」、などといいだす芽衣子に対して内澤は、「サイトウさんって、ギャグセンスあるね」「サイトウさんの天然なとこ発見」などの返しで流し、次の会話にもっていく。
自分なら、「変わってるね」と反射的にいって不評をかっているのだろうと、陽介は思った。
ふと芽衣子と目が合い、陽介は慌てて視線を横にやった。鬼塚は冷ややかな顔で、ウーロン茶を飲んでいた。
乾杯してすぐ、鬼塚は芽衣子の経歴を尋ねていた。この会社にくるまで、どんな会社でどんな仕事をしていたのか、という質問だ。もちろん地球では社会人の経歴などない芽衣子は言葉を濁した。鬼塚は不審な表情で、さらに似たような質問をしたが、内澤が時事ネタで話題をかっさらっていった。
それ以降、鬼塚はほとんどしゃべらず、内澤が話しかけても、「そうですね」と、相づちを打つていどだ。
陽介が話すのも内澤だけで、芽衣子も同じだ。つまりは内澤の独壇場で、そのまま二時間が経ち、宴会はお開きになった。
店を出てすぐ、鬼塚は「また明日」と残して颯爽と歩いていった。
「まだ、九時前だ。もうちょっと呑もうよ」内澤は芽衣子を誘っていたが、「うーん、また今度ね」と、芽衣子は手をふり去っていった。
「だってさ」陽介は内澤の肩を叩いた。「キャバクラでも行くか?」
「いや、俺も帰る」
「なんだよ。サイトウさんを誘ったくせに、俺の誘いは断るのか?」
「すまんな、佐藤。俺、本気なんだ。当分はその手の店には行かない」
「つれないこというなよ」陽介は食い下がるも、「美姫ちゃんがつまらなさそうだったのは、お前のせいだぞ」といって、内澤は駅のほうに歩いていった。
陽介は額を掻いてから、財布の中身を確認した。
「よし、一人でいくか」と手を叩いた直後に、「どこへ」と声がかかり、陽介は肩をびくつかせながらふり向いた。鬼塚だった。
「あれ? 帰ったんじゃあ?」
鬼塚は質問には答えず、「ちょっと来てちょうだい」といって、陽介の腕をつかみ、歩きだした。ずいぶんと早足だったので、陽介は酔いもあって転びそうになった。
鬼塚の進む方向に明確な目的地はなく、ひとけが少ないほうに誘導しているようだった。数分歩き、誰もいない公園に入った。鬼塚は止まり、陽介の手を放す。
雑草が多く、遊具も錆びた滑り台と鉄棒があるだけだ。役目を終えても、ただ存在する、そんな寂しさを感じる公園だった。
鬼塚は腰に手をやって見据えるように陽介に相対する。
「いきなり、どうしたんですか?」
陽介がいうと、鬼塚は不自然な動きで顔をそむけてから、挑むような表情でこちらを見る。
喫煙所での内澤の言葉を思いだした。
『美姫ちゃんは、佐藤のこと好きだぜ、たぶん』




