22.妹の襲来(4)
鬼塚の隣は、小言が多くて快適とまではいえなかったが、芽衣子の隣よりは感動的にマシだった。特に陽介がありがたく思ったのは定時後だ。
芽衣子に「帰ろう」と、肩をつかまれたのだが、鬼塚が「佐藤君には残業の指示をだしています」とピシャリといって、芽衣子を追い払ったのだ。
その日も遅くまで働いた陽介が徒歩五分のビジネスホテルに入ったのは、深夜一時を越えたころだ。ビール二缶をさっとたいらげてから就寝し、九時ギリギリに出社した。深夜まで残業したにもかかわらず、充分に体力が回復していた。
ドア・トゥ・ドアで一時間半かかる通勤時間が五分になったのだ。睡眠時間は増えるし、満員電車で体力を奪われることもない。さらに、芽衣子と顔を合わさずに済む。たとえ自腹であろうとおおいにホテルを活用しよう、そう陽介は決心した。
それでも、さすがに明日は帰宅する予定だ。下着はコンビニで買えるが、カッターシャツはそうもいかず、三日間連続で同じものなのだ。次に家を出るときには、一週間分のカッターシャツと下着を用意する算段でいる。
喫煙所に向かった陽介は、芽衣子と内澤が談笑しているのを見かけた。昨日から、何度か目にしている。芽衣子が席替えしたのは内澤が元いた保守課のエリアで、内澤もちょくちょく、残り荷物の回収や以前の仕事のフォローで元の席に戻っていた。
陽介は喫煙所で一〇分ほどタバコを吸ってから、自席に向かった。帰り際にも確認すると、芽衣子と内澤の談笑はまだ続いていた。
若干イラついてることを自覚しながら、自席でメールを確認した。件名が『oniisamahe』となっている妙なメールがきていた。ウィルスメールかと一瞬警戒したが、実家で契約しているプロバイダーのメールアドレスだったこともあり、『oniisamahe』を『お兄様へ』に翻訳できた。
どうやらミオリのからのようだ。
ナオシテオキマシタと、ローマ字で書かれた本文と、添付ファイルがある。陽介は添付ファイルを確認して、ギョッとした。今まさに修正しているプログラムファイルだったのだ。
席を立ち、早足で非常階段に向かった。誰もいないことを確認してから、実家に電話する。やや長いコールの後、「ハーイ! サトーでーすぅ」と、陽気な口調でミオリがでた。
「俺だ。陽介だ」
「あー、お兄さまぁ。なんでございましょう!」
「さっきのメールなんだけど、どういうこと?」
「ハイ! 直しておきました」
「素人にプログラム修正ができるかどうかは別にして、どうして家のパソコンにプログラムソースがあるんだ?」
「メーコ様がデイブイデイで、会社から持ち帰った、と聞いていますぅ」
陽介は舌打ちをしたが、芽衣子やミオリに情報セキュリティについて説いてもしかたがない。
「家のパソコンを使ってもいいが、動画やゲームとかで遊ぶだけにしてくれ。そして、プログラムソースはすぐに削除するように」
「えぇー、お兄様のために、せっかく直したのにぃ!」
頬を膨らませながら口を尖らせるミオリの姿が、陽介の脳裏に浮かんだ。
「あのねぇ、ミオリさん。プログラムなんてものは、作っては試験して、直しては試験して、その繰り返しなんだ。試験環境のない家のパソコンで、いじってみただけのプログラムなんて使い物にならない」陽介はいいながら熱くなっていき、「遊びじゃないんだぞ」と厳しい口調でしめた。
「なーおーしーまーしーたっ!」で、プツリと電話を切られた。
カチンときた陽介は早足で席に戻り、ミオリが送りつけてきた添付ファイルをUSBメモリに保存して、上の階に向かった。
上階フロアの半分はサーバ室となっており、陽介が開発しているシステムの試験用サーバがある。それにUSBメモリを差し、ミオリが直したというプログラムをインストールした。
何が、直しましただ! まともに動くわけがないだろう! それを実際に証明して、二度と余計なことをするなと、きつくいってやる! 実行コマンドを入力して、エンターキーを荒々しく叩いた。
陽介は自席に戻り「なぜ動く」とぼやいた。
魔法が使えるミオリの偉大さに対して、多少プログラムができる自分など比べものにならないのはわかっている。それでも唯一の取り柄とプライドを砕かれた気分になって、肩を落とした。
ため息を吐きながら、メールを確認した陽介は固まった。ミオリからの添付つきメールが、三〇件ほど溜まっていたのだ。
数分ほど放心していた陽介だが、送られてきたプログラムを全て、USBメモリに保存した。絶対にバグを見つけてやると、つぶやきながら陽介は立ちあがる。
「おう、佐藤」と、喫煙所で内澤が手をあげたのは一七時を過ぎていた。
「ああ」陽介は力なく、煙を吐いた。
「不具合台帳みたけど、計画よりだいぶ前倒しになってるじゃねーか。しかも、俺の分まで直してる。何があったんだ?」
「小人ならぬ魔法使いが、やってくれたのさ」自嘲気味にいった。
「ふーん、まあ、いいや。それよりも、今日は定時であがって、呑みに行こーぜ」
「そうだな……そうしよう」陽介は頷いた。酒で今日のモヤモヤを洗い流したかった。
「よし、決まりだ」内澤は指を鳴らしてから、照れ臭そうに頭を掻く。「サイトウさんも誘っていいか?」
「ん、あ、うーん。まあ、今日は二人で行こーぜ。サイトウさんはまた今度」
声は震え、目も泳ぐ、あからさまに挙動不審だとの自覚があった。
内澤は眉をよせながらタバコを消し、すぐに新しいタバコに火を着ける。しばらくは無言でいた内澤だが、喫煙所にいたもう一人が出て、陽介と二人きりになった直後に口を開いた。
「サイトウさんとは妙に仲が良さげだったが……佐藤もねらってるのか?」
内澤の言葉に、陽介はギョッとした。




