18.鬼の哭く夜(5)
次の日、「会社に行ってくる」と残して、陽介は普段通りの時間に家を出た。
もちろん、芽衣子はまだ二階で寝ていたし、洗濯をしていた母も特に何もいわなかった。ジンは驚きはしたものの、止めようとはしなかった。
帰りの電車は昨日と同じ時間だった。呑んでいたわけではない。納品したシステムで、早くも致命的な不具合が発生したのだ。
駅から歩き、家に着いたのは、二四時半だった。まずはビールだと冷蔵庫から取りだしたところで、芽衣子が二階から降りてきた。
「どういうつもり!?」
一口飲んでから、「何が?」と、返した。
「ふーん。そういう態度なんだ」芽衣子は目を細め、炎の玉を指先に浮かべた。
「はじめから、そうすりゃよかったんだ。下手な芝居なんて打たずにな」
「どういう意味よ!」
「ミオリさんに作らせた魔獣に俺を襲わせて、芽衣子一味に救出される。ベタではあるが、効果抜群だったよ」
芽衣子は顔をそむけ、「意味わかんない」と残して二階にあがった。
陽介は鼻を鳴らし、ネクタイだけはずしてビールを呑み干した。もう一本取りだし、リビングに座ってタバコに火をつける。
二階から階段を下りる音がした。リビングに入ってきたのはジンだ。
「どこで気づきました?」
「今の言葉は、やらせを認めたと判断するぞ」
「ええ、結構です」ジンは頷くと、失礼、といって陽介のタバコを一本抜いて火をつけた。
「まず、初めに気付いたのは、物置を開けたら落ちてきた『妖怪大全集』だ。魔獣と鬼のイラストが似すぎている。実際に鬼の説明ページには折り目がついていた」
「たしかに、メーコ様はあの本をちゃんと元の場所に戻さず、不用意に押し込んでいましたね」
「それきっかけに思い起こしてみると、奇妙なことはいくつもあった。まず、ミオリさんが魔獣の残骸を処理するために家を出たとき、場所を聞かなかった。どこで戦闘があったのかを、すでに知っていたということだ。魔獣を倒して帰るときもそうだ。芽衣子は魔獣の残骸に俺を近づけさせずに、魔法で工場から出た。俺への気遣いかと思っていたが、芽衣子の性格なら逆のことをするはずだ。そう考えると、やらせの証拠がバラバラの魔獣にはあったんだ。魔獣の血は一滴もなく、内臓もなく、人形だとばれるのを避けたかったんだろう」
「もっといえば、シグゥアさんが返り血ひとつ浴びていないのも無理があります」
ジンが頷きながらいった。確かにそのとおりだと、はっとした陽介は、妙に悔しくもなった。
「魔獣なんてモノを採用したのも、どうかと思うぜ。初めてきた右も左もわからない異世界で、あんな化け物を連れて潜伏なんてできるわけがない」
「それは、致し方ありません。さすがに人型だと、バレないクオリティの人形は魔法では作れませんからね。魔獣というのは苦肉の策です。これでも、ミオリ様がゆるキャラみたいな魔獣ばかり作るので、試行錯誤したのですよ。まあ、もう少し時間があれば、別の刺客を用意できたかもしれませんが、頭に血がのぼったメーコ様が、今日やるってうるさくてね。よっぽど、陽介君を痛い目に合わせたかったのでしょう」
「裏話も含めて、ずいぶんと正直に話してくれるんだな。魔法でどうこうと、誤魔化してくると思ったがな」
「実際、それで説明がつくこともありますよ。ミオリ様なら魔法で風の声を聞き、戦闘のあった場所なんてすぐにわかります。ヤラセでなくても、場所は訊かずに家を出たでしょう。また、魔獣を見えなくして日本に潜伏することも、魔法なら結構簡単にできますよ」
「じゃあ、どうしてあっさり認めたんだ?」
「適当にごまかしても、不信がつのるばかりでしょ。やはり、ボディガードをするには、信頼関係が必要ですからね」
「信頼関係ときたか。今さらどうだろうな」
「ですが、陽介君の身が危険なのは本当です。それに、他人に迷惑かける前に、やはり会社は辞めたほうがいい」
「辞めねーよ」陽介は煙を吹きあげてから、ジンを睨んだ。「こう見えて、俺は結構怒ってるんだぜ」
「わかりました。ただ、一つだけいわせてください。陽介君を怖い目にあわせようなんて乱暴な作戦は、メーコ様の発案です」
「芽衣子が全て悪いっていいたいのか? そう主張したい気持ちもわかるが、今のタイミングでいっても逆効果だ」
「いえいえ、そういう意図じゃありません。メーコ様は簡単にはあきらめないですよ、との忠告です」
ジンはタバコを消し、立ちあがった。階段側の扉に手をかける。
「アンタの寝床はリビングじゃなかったか? そういえばさっきも二階から降りてきたが……」
「いつもリビングにいると煩わしいと、メーコ様にいわれまして、私の新しい部屋は二階の納屋になりました」
「おいおい、あそこだと荷物を全部片付けても、足を伸ばして寝れないだろ。なによりこの時期にエアコンないと死んじまうぜ」
「陽介君だけですね。そんな優しいことをいってくれるのは」
そう残して、ジンは階段をあがっていった。




