17.鬼の哭く夜(4)
こちらでバカやってる間に、決着がついていたようだ。陽介はため息を吐いてから、シグゥアのほうに向かった。
まずは、シグゥアを労いたかったのだ。だが、途中で足が動かなくなった。なんだ? と疑問に思ったのは一瞬で、すぐに魔法だと気づく。陽介は睨むように芽衣子を見た。
「さっさと帰るわよ」芽衣子は早口でいった。
「魔獣の残骸は、ちょっと見たくないですね。この壁の上を越えて帰りませんか?」ジンが後ろの壁を向いた。
「そうね。どのみち入り口の扉も閉まってるし、わざわざバラバラの魔獣の近くをとおる必要なんてないわ。気の弱いヨースケがゲロっちゃうかもしれないし」
「うるせぇ!」と陽介はいいながらも、芽衣子の気遣いを感じた。
俺の足を動けなくしたのも、魔獣の残骸に近づけないためだろう……。よし、風呂を覗いたなんて酷い嘘も、ただのジョークと処理して、シグゥアさんだけじゃなく芽衣子にも、ありがとうって、いおう。
頭を掻きながらうつむいていた陽介の身体が突然浮きあがった。そのままフワフワと進んで、同じような状態のジンと並んで工場の壁を越える。
ゆっくりと外の道路に降りていったが、まだ一メートルの高さがあるにもかかわらず、急に重力の支配に戻って急降下。
陽介は膝を打って呻き、隣ではジンが腰を打ち付けて悲鳴をあげていた。
その眼前で、芽衣子とシグゥアがゆっくりと降り立つ。陽介はシグゥアだけに、感謝の気持ちを言葉にした。
全員がほとんど無言のまま二〇分ほど歩いて、家に着いた。玄関扉を開けると、ミオリが立っていた。
「お帰りなさいませぇ」
スマホで時間を確認すると深夜一時を過ぎている。わざわざ待っていてくれたのだろうか? その疑問を口にしようとしたが、ずっと重要な問題に気づき、慌てていった。
「魔獣の死骸がほったらかしだ! あんなものが残ってたら、明日の朝、大パニックになる。新聞にも載るぞ!」
「そのとおりよ。だから、あとはミオリに任せるわ。光の魔法で消してきて」
「はい。では、行ってまいります」ミオリはにこやかにいって、外に出た。
「もう、疲れた。寝よう」芽衣子が階段をあがっていった。シグゥアもその後に続く。
忠告を無視して仕事にいったことへの罵詈雑言を覚悟していたが、妙にあっさりとしていて、ほっとした。
「私も電池切れです。早く寝たい」ジンがいった。
「そういえば、アンタはどこで寝てるんだ。二階は母さんの寝室に、俺と芽衣子の部屋しかない。これだけ人が増えたら、布団も足りないのじゃないか?」
「私は、リビングに座布団を並べ、バスタオルを被っています」
「アルキアスでは、有力な政治家なんだろ?」
「あの御三人に政治の力なんて、なんの意味もありませんよ」ジンが肩をすくめた。「それよりも、さすがに明日は、仕事を休んでください」
「たしかに、シグゥアさんやミオリさんには、これ以上迷惑はかけられない。とりあえず、明日は休むよ」
「実はもっと深刻です。陽介君の命はギリギリ守れても、さらに会社のお仲間にまで触手が伸びたら、どうにもならない」ジンは眼を細めてから、表情を崩して続けた。「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
「そうだな。……わかった」
陽介も自室に戻った。スーツを脱ぎ落として、ベッドに横たわる。あれこれ考えたいことはあったが、すぐに眠りに落ちた。
目が覚め、時間を確認した。午前四時。深夜の大騒動で疲労しているはずなのに、妙に早く目が覚めてしまった。
「明日から休みか……」陽介はつぶやく。
酷いプロジェクトで、何度も逃げだしたいとも思ったが、いざ離れるとなると、仲間にたいする罪悪感と寂寥感があった。
全ての責任を背負った坂木さん、別の課なのに巻き込まれた同期の内澤、新人の北野、二人の幼児を抱える吉田さん。彼らを筆頭に多くのガンバリと犠牲があってのり越えてきた。
そして鬼塚主任、どんなに遅い時間でも、斜め前の席から俺とディスプレイを睨んでいたな……。
陽介は長く深い息を吐いた。
シグゥアやミオリへ負担がかかるというのはもちろんのことだが、なんら因果のない会社の同僚たちに危害が加わるかもしれない、そう考えるともう選択肢は残されていなかった。
陽介はタバコに火をつけたが、すぐに消した。自身を鍛えることで、少しでも役に立つかもしれない。シグゥアと魔獣どもの戦いを間近にして、地球人がいくら鍛えようが意味がないことは理解していたが、それでも何かをせずにはいられなかった。
高校の剣道の授業で使った竹刀が物置にあったはずだ。それで、素振りをしようと、陽介は思いたった。
ジャージに着替えて階段を下り、ジンを起こさないようにダイニングキッチンを経由して勝手口から外に出た。
すぐ先に物置があり、扉に手をかける。なにかが引っかかっている手応えがあったが、力づくで開けた。
懐中電灯で中を照らすと、竹刀はすぐに見つかったが、ずいぶんと奥にあった。
ふと、足元に本があるのに気づく。開けるときに引っかかっていたのはこれだったのだろう。
懐中電灯を向けた。『妖怪大全集』とのタイトルで、表紙のイラストには天狗、鬼、河童、幽霊が、あからさまに恐怖心をあおるようなタッチで描かれていた。陽介が一〇歳にも満たないころ、デパートで父にせがみ買ってもらった本だ。
懐かしいな。それしても、こんなものが、今さら出てくるとは。
しばらく、それを眺めていた陽介は「そういうことか……」とつぶやいた。




