12.アルキアスの客人たち(5)
二七の英雄ではなく、中学生の甘ったれな芽衣子であれば、針をふり切って「どういうことだ」と、ジンにつかみかかっていただろう。
「はい。メーコ様は今、命を狙われる立場にいるのです」
「じゃあ、俺や母さんを狙う理由は……」
「はい。お二人を手中に入れて、メーコ様を脅迫するためです」
「ふざけるなっ!」テーブルに拳を叩きつける。
「落ちついてください。私は事実を説明しているだけです」ジンは表情を乱すことなく、淡々と続けた。
陽介は一度呼吸を整えてから、口を開いた。
「芽衣子は魔人の王を倒した救世主じゃなかったのか?」
「もっというと、大量のアルミニウムでパインタルトを製造し、すべて魔人を駆逐した神のような存在です」
「だったらなんでっ!?」
ジンは答えず、芽衣子をちらりと見てから、ミオリの方を向いた。
「ミオリ様。そろそろ、アインの刻ですよ」
「そうですわね」ミオリが立ち、頬をふくらませる。「なんだか、仲間外れですわ」
そう、残してミオリは部屋を出て、階段をあがった。
「いきなり、なんだ?」陽介がいった。
「巫女様の戒律では、祈りの時間ということです」
「それだけか?」
「いえ。これ以降の話は、ミオリ様の耳を汚すことになる」
「なるほど。では、巫女様にはいえない真実を話してもらえるということだな」
若干の沈黙のあと、「順を追って話しましょう」とジンは返した。
「まずは、かの大戦。千年に及ぶ魔人との戦いで終止符をうったのは、メーコ様です。メーコ様が放った古代魔法で、魔人の王を倒した。私たちの時間でいうと八年前のことです。陽介君にとっては一週間前、前回、メーコ様がこの世界に戻られたときのことです。そこまではいいですか?」
「ああ。そんなようなことを、芽衣子から聞いている」いいながら、疑問がわきだした。「さすがにシグゥアさんやミオリさんは、その戦争にはかかわっていないのだろ?」
「全員、かかわっていますよ。魔人との戦争が終わったのは八年前です。二人ともすでに生を受けている」
「俺が聞きたいのは、直接的にかかわっているか……つまり戦場に出ているかってことだ」
「シグゥアさんのことはよくわからないのですが……」ジンはシグゥアを見る。
「エル街で貧困に苦労しましたが、直接戦争には出ていません」シグゥアは首をふった。
「エル街?」
「奴隷区です。こっちの言葉では、スラム街というのがわかりやすいでしょうか。次にミオリ様ですが……戦争の終盤では、各国のミルティスと肩を並べて戦火にいました」
「おい、まて。ミオリさんは今、二〇歳だよな。何歳から戦場にいたんだ?」
「一〇歳ぐらいのミオリ様の活躍は耳にしていたのですが……正確に何歳といわれると……」
「ミオリの初陣は覚えている。リーズ河の戦線維持で、まだ幼いのに引っ張りだされた」芽衣子がいった。
「えっ!? そんな前ですか? リーズ河での戦いだったら、ミオリ様はまだ六歳ですよ」
「そのころから大活躍してたけど、イコウルの先代ミルティストがミオリを認めたがらなくてね。他国には届いてないのよ」
「ああ、あの方ね」ジンが肩をすくめた。
さらに芽衣子が何かいおうとしたが、陽介が先んじた。
「話を脱線させたのは俺の一言だから、えらそうにいえないが、脱線せずに進めてくれるか」
「そうですね。では、魔人との戦争が終わり、芽衣子様が日本に戻ったところから、続けましょう」
ああ、と陽介は頷いた。
芽衣子は以前、日本に≪戻る≫ではな≪来た≫といったが、ジンは≪戻る≫と表現している。それには好感が持てたが、口にはしなかった。
「メーコ様は一旦この世界戻り、アルミニウムを調達して、アルキアスに来ました」
「そこまでは、二〇歳だった芽衣子から聞いてる。アルミニウムで兵器を作って、魔人を根絶やしにするんだろ」
「そうです。その兵器、パイントルタは三年で完成しました。さらに三年で、深淵に隠れていた魔人の残党も倒し、アルキアスは恒久的に平和な世界となりました。取りこぼしがあったとしても、パイントルタがあるのでアルキアスはもう大丈夫です。アルミニウムをもたらしてくれたメーコ様のおかげです」
「それはそれは。すごいことだな」皮肉っぽくいいながら、陽介は芽衣子をちらりと見る。
自慢げに芽衣子が語りだしたら、『恒久的に平和な世界など存在しない』とジンの胡散臭い言葉に噛みついてやる予定だったが、芽衣子は静かに下を向いていた。
「ともあれ、メーコ様は二度も世界を救った英雄で、絶対的な人気でした。だからこそ、当たり前のように、イコウル皇帝は皇太子の妻としてメーコ様をむかえようとしました」
「皇族とか関係ない。芽衣子の気持ちが最優先だ!」
「そのとおりですね。同意します。だが、日本も戦国時代では女性の人権などなく、政略の一部でした。アルキアスでも、同じようなものです」
「結局は、どうなった!」陽介は芽衣子を見た。
「お断りなさいました」と答えたのはシグゥアだ。
そんなわけで、とジンが続ける。「メーコ様とイコウル皇帝との間には亀裂が入ってしまった」
「それだけのことで、未来まで救った英雄は、命を狙われる羽目になるのか?」
「いえ。せいぜい、イコウルが与えた栄誉が剥奪されたぐらいです」
「それだけのことか?」
「陽介君にはそれだけですむのでしょうね。まあ、メーコ様にとってもその程度だったのでしょうけど……。だが、それが引き金で決定的な事件が起きました。ワラモ村の虐殺、と呼ばれる事件です」ジンは眉をよせながらも、淡々と続きを話す。「メーコ様への称号剥奪の処置を不満に思いワラモ村でデモをおきたのです。それに対し、イコウル帝国軍は村を焼き払った……」
「焼き払ったのは、家や畑だけではなく、命も含まれているのか?」
「ええ、五〇人ほどが犠牲になりました。体力のあるものは逃げおおせたのですが、赤ん坊や幼児は一人も助からなかった。それが、メーコ様の逆鱗に触れた」
「そんなことが……」陽介は呻くようにいった。




