11.アルキアスの客人たち(4)
「今は味方かもしれませんが、油断のならない男です」シグゥアはいい、玄関に向かった。
そして、シグゥアのあとについてリビングに入ってきたのは、四〇半ばと思われる男だった。
白く細身だが、身長は陽介よりは高く、一八〇はありそうだ。目は鋭かったが、どことなく愛嬌があった。鼻筋も整っており、若いころはさぞかしクセのある美形として女性には不自由しなかっただろう。
陽介は急に不安になって、未亡人である母を観察するように見た。
「なによ」母は鬱陶しそうに、眉をよせた。
「昨日はずっと寝ていたから、初めましてだね、陽介君」やや疲れたような表情で男はいった。「ジン・ハイングランド・エクアード・ナロックです。歳は離れているが、ジンと呼んでもらってかまわないよ」
ジンは頷くような軽い挨拶をした。その仕草は日本人として違和感がなかった。仕草だけでなく格好もそうだ。紺の背広に赤いネクタイ、手には黒のビジネスバッグ。まるでサラリーマンだ。イコウルの軍服や巫女装束で登場した女性陣とは一味違う。
「どうも、英雄様の兄です」
陽介がそういってやると、ジンは愉快そうに眉をあげてから、カレーに視線をやった。
「それは、晩御飯ですよね? 私も貰っていいですか?」
「ジンの分はないよ、陽介がおかわりするし。だいたい、晩御飯はいらないって、いってなかったっけ?」芽衣子は尖った声色でいった。
「あれ、そうでしたか?」疲労が滲む笑みでジンは返す。「お昼はいらない、そういったつもりでしたが……まあ、しかたないですね」
「そんなわけだから、私たちが食べ終わるまで、待ってて」芽衣子は立ちあがって、陽介のカレー皿を奪うように取り、残りのカレーを全て注いだ。米が見えなくなるほど、なみなみとカレーで満たされている。
これならジンの分もあるのでは? その疑問を口にすることはなく、まだ満たない胃袋に、飲むようにカレーを押しやった。
数分で皿を空にして、やや緊張しながらジンを見る。ジンはリビングに座り、新聞を広げていた。
シグゥアとミオリが危険視するようなものは感じない。陽介には、ただのオジサンに見えた。
「ご飯のあとに、今後のことを説明してよね」芽衣子がジンに命令するようにいった。
ジンは、ええ、と頷いてから新聞に視線を戻す。
ずいぶんとゆっくりして、芽衣子が食事を終えたのは三〇分後。母は、明日はパートの早番だと、早々に二階の寝室に向かった。
リビングのローテーブルに陽介と芽衣子、その対面にジンが座る。シグゥアとミオリは、芽衣子の後ろに立っていた。
「さて」おもむろに、ジンが立ちあがる。
「なに?」芽衣子が眉をよせた。
「いや……ミオリ様が立っているのに、私が座るわけには……」ジンが苦笑い。
「そうね」と芽衣子はふり返る。「ミオリ、座って」
「はい」ミオリは芽衣子の隣に腰を下ろした。
シグゥアは変わらずピンと立ち、ジンを見据えている。ジンが再び座り、切りだした。
「さて、どこから話そうかな……。うん、長々説明するより、陽介君の疑問に回答するほうが、話が早そうだ。どうだろう?」
陽介は頷き、少し考えてから、口を開いた。
「なんで、日本語が喋れるんだ?」
「その質問からとは、思っていなかった」ジンは意外そうに眉をあげてから、魔法だよ、と答えた。
「芽衣子やミオリさんのように、アンタも魔法が使えるのか?」
ジンのことは『アンタ』扱いだ。本人は『ジン』でいいといったが、呼び捨てにするのも、『ジンさん』というのも抵抗があった。
気にする素振りなく、「魔法はまったく」とジンは首をふる。「私はただの政治家だ」
続けてジンは何かいいかけたが、芽衣子が奪い取った。
「ミオリの魔法よ。私の脳にある日本語の知識を吸いあげて、別の人の脳に記憶として入れるの。それをフィルターとして働かせるわけだけど、これが結構難しいのよ」
芽衣子はさらに続けようとしたが、「わかった」と陽介が遮った。
魔法のメカニズムなどどうでもいい。これからのやりとりで、ジンが魔法と称すべき不思議な力を持っているのかを確認したかっただけだ。
「で、あんたらは何しに来たんだ? 親衛隊に巫女に政治家、観光ってわけじゃないんだろ」
「もちろん、観光などではないが、この世界の歴史、宗教、経済、科学、それを知るために一〇冊ほど本を読んでみた。興味は尽きないね。特に科学は、アルキアスよりずいぶんと先にある。光に速度があり、時間は相対的だなんて考えもしなかった。宗教も、アルキアスでは亜種はあっても源流は一つなのだが、文化ごとに違う神がいるなんてアルキアスの常識では……」
「あんたらは何しに来たんだ?」まだまだ続きそうなジンの言葉に、陽介は割り込んだ。
「失礼、ここにきた目的が先ですね」ジンは頷き、続ける。「陽介君と、お母様を守るためです」
「守る? なにからだ? 性格の悪い凶暴な妹からか?」
ジンは声にだして笑ったが、すぐに咳払いを一つして、表情をあらためた。
「お二人を狙っているのは、イコウル帝国の刺客たちです」
「イコウル……とは、芽衣子がいた国だよな。なんでそんなものに、俺が命を狙われる?」
「メーコ様を殺害するためです」
「殺害……だとっ!」陽介は目を見開いた。




