9.アルキアスの客人たち(2)
「いや、なんでもない」いいながらも、陽介はちらりとミオリに目をやる。
重厚な赤いジャケットと頑丈そうな白いスラックスをまとって真っ直ぐ立つシグゥアとは違い、ミオリはワンピースのような白いドレスだ。
その白い肌と同じ色の生地が身体をおおっている。眼を凝らさないと肌と生地の境界線がわからなくなるようなミオリのその白さに、ドキリとした。
「ミオリは、イコウルのミルティストよ。魔法で元気になったからって、変な気、おこさないでよね!」
「おこさんわい!」身体がやや熱いのを自覚しながらもピシャリといってから、陽介はミオリに訊いた。「ミルティストって、なに?」
「全てを、ララに導くものです」ミオリはゆっくりと両手を広げていう。
そのララとはなんだ? 再度の質問の前に芽衣子が答えた。
「ララは、こっちの世界でいうと、天国とかユートピアとか、そんな意味よ」
なるほど、ミオリの正体が見えてきた。実際、芽衣子が予想どおりの説明をした。
「ミルティストは、国一番の巫女に与えられる称号。それは同時に、国で一番の魔導師でもあるのよ」
「それは凄い!」
「ありがとうございますぅ」ミオリは両手を交差させて自身の肩に指を添え、ごく小さく膝を折った。
挨拶のように見えるが、巫女という情報を加味すると、祈りの動作にも見えた。ミオリの白いドレスには、クリオネのようなモノが舞う細工があり、それが天使だと仮定すると、そのドレスは巫女装束なのかもしれない。
「長い名前の中に、『イコウル』ってあったよね。それって、国の名前じゃないのか?」
陽介はミオリと会話を続けたかったので、何気ない疑問を投げてみたが、答えたのはやはり芽衣子だ。
「そう。アルキアス最大の広さと国力をもったイコウル帝国のことよ。その名を名乗っていいのは、皇族と一部の特例のみ。つまり、ミルティストは特別な存在なの」
「ますますもって、すごいな!」
「まっ、私も特例中の特例だから、イコウルの名を持ってるけどね!」
「なんだよ」
「メーコ・イコウル・サトー、でーす」
芽衣子が自慢げにいうのを無視して、シグゥアを見た。
「シグゥアちゃんにも、イコウルの名があるのかい?」
「いえ。私は奴隷出身ですので、シグゥア以外の名は持っておりません」
「え、いや、奴隷とか……」陽介は口ごもった。
奴隷という単語自体は、『会社の奴隷』というような比喩表現でしばしば耳にするが、『奴隷出身』なんて言葉を生で聞いたのは、今までの人生で一回もなかった。
「もう! シグゥアはすぐにそういうことをいう。困った子ね。あっ、よかったら、サトーって名前あげようか?」
「そんなっ! 私には勿体ないことです!」シグゥアは驚いた表情で、必至に首をふった。一三歳らしい、可愛らしい仕草だった。
「いらないってさ。佐藤なんて、日本にはウヨウヨいて、ありがたくもなんともないからな」
陽介はそういい、笑った。シグゥアがまた、何度も首をふった。
「なによ! サトーはアルキアスでは超絶希少なんだからね。しかも、世界を救った英雄の名よ!」芽衣子はいってすぐに、肩をすくめた。「まあ、今は憎悪の対象かもしれないけどね」
「憎悪の対象とは、どういうことだ?」
陽介はすぐさま聞き返すが、なんでもないと、芽衣子は視線をそらした。
「なんでもなくないだろう」いいながら、陽介は思いだす。芽衣子が学校で仲間外れにされて帰ったとき、こんな反応をしていた。「いえよ。困っているのなら、俺がなんとかしてやるから」
芽衣子は一度うつむいてから、顔をあげる。
「ヨースケじゃ、なにもできないよ」
「いってみなきゃ、わからんだろ! あと、呼び捨てはやめろ!」
陽介は口調を荒げるも、芽衣子は面倒くさそうに息を吐いた。
「今後のことを話すつもりだったけど、そろそろ時間切れかな。もうすぐ、ラングするだろうし」
「そうですわね」とミオリも頷く。
「ラング? それはなんだ?」
陽介は問うたが、芽衣子は答えずに目を細めた。
「いいたくないなら、別にいい。俺は会社にいく!」陽介は風呂場に向かった。
客先での作業は午後からなので、まだ余裕はあるのだが、いかんせん力があり余っている。仕様書の整備は来週にコツコツと思っていたが、今なら数時間で一日分働けそうだ。
陽介はキッチンを通りぬけ、脱衣所の扉を開けようとしたが開かなかった。扉を開けるという簡単な動作で、空ぶったのだ。
「なんだ?」といいながら、あらためて扉を見ると二重に見えた。そして、景色が黒く沈みだす。
「なんの代償も無しに、ヒトを元気にすることはできないのよ。ラングとはアストラ系魔法の副作用。元気になるのは一時だけで、あとは抗えない眠りにつくことになるわ」
背後から、芽衣子の声が聞こえた。陽介はその場に倒れこみ、うめくようにいう。
「ちょっとまて、今日は客先に……インストール……俺がいかなきゃ」
「大した問題じゃないわよ。ヨースケは私のように、世界を救う力を持ってるわけじゃないんだから。誰かがなんとかしてくれるよ」
芽衣子の言葉に酷く気分を害したが反論の力はなく、電源ケーブルを引っこ抜かれたコンピュータのようにプツリと意識が途切れた。




