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「きゃー! 二十のトリプルよ!」
聖女が両手をあげてくるくると回る。
「くっそ負けた! もうお前ハンデなしでいいだろ! 前から投げるの禁止!」
「やぁ〜だ〜ヒスイったら、負け惜しみですかぁ〜!」
聖女は上げたままだった両手をヒスイの方へ向けると袖をぺろりと捲る。
「見てよ私のこの細腕を! この距離からじゃないと届かないわ」
「お前運動しないんだな」
「しないんじゃなくて出来ないんだってば。フォークより重いものは持たせてもらえないんだから」
「そうだった」
聖女との秘密の夜遊びももう慣れたもので日常と化していた。
あれからハグは毎日させられるし、腕に抱きついてくるのは当たり前になっていた。
クラブで踊ったり、今日みたいにダーツバーに来たり、相変わらずなんでもないような夜遊びを、聖女は全力で楽しんでいる。
「さーてもう一ゲーム……」
俺がまた始めようとすると、聖女の手が伸びてきて阻止する。
「ヒスイ、確かにダーツは楽しいけれど、私を騙そうったてそうはいかないわよ」
「なんのことだ?」
「もう! 今日は新しいやりたいことをするって言ったじゃない!」
「チッ覚えてやがったか」
夜遊び、ハグと叶えてやって、一旦満足したのかしばらく大人しかったのだが、とうとう三つ目を要望し始めてしまった。
めちゃくちゃなことを言ってきたとしても、俺はなんでもすると言ってしまった枷があるので叶えてやらなくてはならない。
恋は叶えてやれてないが、そもそも恋なんてやろうとして出来るものではないのでノーカンだろう
「何がしたいんだよ」
「え〜やっぱり、ハグの次はキスかなって」
「却下」
間髪入れずそう答えたヒスイに、聖女は「なんでよ!?」と猛抗議をする。
「したいしたいしたいー!」
「無理に決まってるだろ。お前聖女なんだから」
「出来る! 聖女でも出来るもん」
「あのなぁ……」
ヒスイはこめかみを押さえてため息を吐く。
「それ、するのって俺になるの分かってる?」
ヒスイが呆れた目を向けると、聖女は妙に真剣な顔つきでヒスイを見つめていた。
虹色の瞳がヒスイを掴む。
「――分かってるよ。ヒスイだからしたいんだもん」
不安気に揺れる瞳、きゅっと結ばれたピンクの唇、熟れたりんごのように赤く染まる頬。小さな喉が緊張で震えているのが見て取れる。
「ヒスイだから――」
「ッ、ちょ、ちょ待て。それ以上口を開くな」
なんだこれは――。コイツは今何を言おうとした?
ヒスイは目の前の聖女を見て動揺する。
夜遊び、ハグに加えて、なんだか知らない間に、恋まで叶えてしまっていることにヒスイは今初めて気がついた。
――男を見る目なさすぎるだろ……。
ヒスイはそばにあった椅子に腰掛けると、腕を組んで下を向く。
最近は聖女に付き合っているためすっかりご無沙汰だが、忘れてはならない。
ヒスイはドクズだ。本気で恋をする相手として選んではならない人種なのだ。
「ちょっと大丈夫?」
聖女が当たり前のようにヒスイの隣に腰掛けて腕を取ってくる。
ヒスイはチラリと隣を見やって距離感を確かめた。
一寸の隙間もない。
この距離感がいけなかったのだ。
聖女はジュスタンの女共と違って純情なのだ。その上恋がしたがっていた。脳が誤作動を起こすのも無理はない。
チョロすぎんだろ……。大丈夫かよ。
ヒスイは腰を浮かせて、拳一個分ズレる。
首を傾げた聖女もまた、腰を浮かせてその隙間を詰めてくる。
「……ちょっとそっちに離れてくんない?」
「ふふ、いいじゃない別に」
ヒスイの顔を覗き込むようにして幸せそうにはにかむ聖女を見て、ヒスイは深いため息をつく。
「あのな、お前は勘違いをしている」
「――勘違い?」
ヒスイは聖女の目を正面から見て告げる。
「周りにいる男の中で、素で話せる男が俺だけだったから好きになった。それだけだ」
「えっ!? な、何言ってるの!?」
ヒスイに気持ちを悟られていることを理解した聖女は顔を真っ赤にして慌て出す。
「別に!! 好きじゃないから!! 本当よ!?」
「あのなあ……そんな顔を赤くして誤魔化されても……」
しばらくよくわからない言い訳を重ねた聖女だったが、何を言ってもしれっとしたヒスイに観念したのか「……バレてた? もう丸わかり?」と蚊の鳴くような声で呟く。
「丸わかり」
「くっ……ぅぅ……そうね、認めるわ」
聖女は泳いでいた目をヒスイに向けると、口を引き結んでコクリと喉を鳴らす。
「私はヒスイが好――」
「待て、認めなくていいんだよ。言ったろ? お前は勘違いをしているんだ」
「あれ? そうよ。勘違いって何よ」
聖女はパッチリと目を見開いて瞬きする。
「合コンに行って、大した女はいねーのに、無理矢理その中から選ぼうとしてしまう現象に近いあれだよ」
「――ゴウコン?」
「あ、いやこっちの話」
俺は軽く咳払いをして話を続ける。
「恋がしたい、恋人が欲しいが先行した恋愛は大抵が思い込みなんだよ。お前は恋がしたかったから一番身近にいた俺を好きになろうと無意識に暗示をかけた。だから勘違い。すぐに目が覚める」
「はあああ? 何それ、意味わかんないんだけど! そんなんじゃないし!!」
ヒスイを見つめていた聖女の瞳が、何かを決意したかのように一際輝く。
「――私はちゃんとヒスイが好きだから!!」
真っ直ぐに刺さる光で目が眩む。
恥ずかしさで耳まで赤く染めた聖女だが、視線だけは決してそらさない。
瞳に宿る苛烈な感情を浴びたヒスイはなんとか「あぁ……うん」とだけ言葉を漏らした。
言わせないようにずっとブロックしていたのが水の泡だ。
しっかり動揺しているのだから情けない。
目を逸らすためにわざと立ち上がったヒスイは、もう一度言い聞かせるように「だからそれはお前の勘違いだって」と言った。誰に言い聞かせているのかはヒスイにも分からない。
「だーかーらー! 違うってば!」
聖女もヒスイを追うように立ち上がる。
「どうしたら証明出来るの?」
「どうしたらって、俺に聞かれても」
「あ! そうだわ!」
聖女はパッと顔を明るくして言う。
「キスしたらいいんじゃない! 好きじゃないとキス出来ないでしょう?」
――いや別にそう言うわけでもないんだけど。
むしろ好きでもない相手とばかりキスをしてきたヒスイからしたら全然証明にならないのだが、それを説明するのも変だよなと迷っていた隙に腕を強く引っ張られる。
――は?
近づいた花の香り、頬に感じる柔らかな触感、かすかに聞こえたリップ音。
キスをされたということに気づいたときには、聖女はもうすっかり距離を離して顔を真っ赤にしていた。
ヒスイは無言で頬に触れる。
「こ、これで分かったでしょ……! 私の気持ち!」
両手を落ち着かなさそうに組んだり解いたりしながら、聖女はヒスイを見上げる。
潤んだ虹色の瞳はいつもの数倍神秘的に見えた。
「いや……分かったっつうか……」
少しの沈黙の後、ヒスイは顔をくしゃくしゃにし叫ぶ。
「ほっぺかよ!!」
キレのいいツッコミが響き渡る。
軽い気配遮断と認識阻害の魔法があってもなお、ダーツバーにいる人々の視線を一瞬集めたが、ヒスイは気にする事もなく続ける。
「ほっぺでいいなら先に言えよ!! 回避するためにめちゃくちゃ苦労したじゃねーか!」
純情な聖女がしたいキスなんて所詮こんなもんだったのだ。
ヒスイは額に手を当ててため息をつく。
キスは唾液を介して魔力が混ざる危険性があるので神官として見過ごせなかったが、ほっぺなら話は別。
聖女の機嫌を損ねてまで拒否する必要もなかった。
「ほら、そろそろ帰るぞ」
俺が店の外へ出ると、聖女は「え? え?」とキョドりながらついてくる。
「だって、だって恥ずかしいんだもん。口にはそのうち……ね?」
「絶対しねえ」
「え?! するのよ!? 絶対するよね?」
「しない!」
「ええ〜! やっぱりさっき恥ずかしがらずに口にしたらよかったのかな!?」
「ずっとほっぺで十分!」
聖女可愛すぎる〜




