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「あのね、私恋がしてみたいな〜って」
「……あ?」
「ジュスタンでは、みんな仲睦まじく歩いてるじゃない? 羨ましくって!」
そう言われて周りを見てみれば、確かにどこを見ても男女が腕を絡めて歩いている。
だがあれは聖女が思ってるようなカップルではない。嬢と客だ。
聖女は大真面目に恋がしたいようで、キラキラと目を輝かせてはカップルをガン見している。
ヒスイの認識阻害魔法がかかっていなければ完全に不審者だっただろう。
「全然笑えねえ……」
ヒスイは額に手を当ててぼそりと呟く。
「はーあ、どこかに誰か私を好きになってくれる素敵な殿方はいないかしら?」
――いや、まぁ聖女ほどの美貌なら引く手あまただろうよ。
ヒスイは聖女の顔を見て改めてそう思う。
恐らく地上に存在する生き物で一番美しいのが聖女だ。
相手がいなくて困るようなことはないだろう。
だが、問題はそこじゃない。
聖女は神の巫女。当然神の為の清らかな乙女で居続けなくてはならない。
過去に降りてきた聖女が、地上にいる誰かと結婚したなんて話は聞いたことがない。
恐らく恋をしたという前例も無いだろう。
そんなことをしたら神の怒りを買い、聖女の力は失われるのだから。
それを分かっているのかいないのか、聖女は能天気に歩いている。
フリーの男を見定めては、「うわ〜あの殿方素敵ね〜」「あ! あちらの殿方はどうかしら」とはしゃいだ声を出していた。
「あ! あの方! あの方に決めた!」
「待て、お前チョロチョロするな」
ヒスイは慌てて聖女の首根っこを掴み静止させる。
危なかった。あと少しで国の危機だった。
ヒスイはフゥと大袈裟にため息をつく。
ヒスイの認識阻害魔法がかかっているとはいえ、聖女から話しかければ流石に顔つきくらいは認識される。
そうなれば必然的にワンナイトだ。
ヒスイの恋愛観が爛れているからこういう突飛な発想になるのではない。
ここはジュスタン、この時間にここをうろついている男に女が声を掛けたら、そうなるのが本当に必然なのだ。
おまけに超が何個ついても足りないほどの美女ときた。
声を掛けられた男はこのチャンスを逃すまいと必死になって誘い込むだろう。
恋を夢見ている聖女は確実に食われる。
「もう! 何よ、あの殿方どこか行っちゃったじゃない!」
聖女がもがいてヒスイの手から逃れる。
ヒスイはプリプリ怒る聖女を無視して言った。
「恋がしたいは却下だ」
「え? なんで? したいもんはしたいんだもん」
「俺も一応神官なんでね。神への冒涜は見過ごせん」
聖女の力を失わせたとなると、ヒスイはたちまちに国家滅亡を目論む反逆者となる。
一族郎党即刻死刑になるのは想像に難くない。
無断外出させているのがバレてもヤバいが、聖女が何かしら口添えしてくれたら謹慎……最悪でも国外追放程度で済むだろう。ことの重大さが全く違う。
「ほら、戻るぞ」
ヒスイは歩き出したが、聖女はいまだに道の真ん中で立ち止まっている。
「他のやりたいことには付き合ってやるから」と言って腕を引っ張るも、聖女の足取りは重い。
「不貞腐れんなって。お前だって分かってんだろ? 聖女は恋なんて出来ないって。――はぁ……無視かよ」
本当我儘なお嬢さんだこと。ヒスイが呆れていると、聖女がやっと口を開いた。
「……私、神様と恋しなくちゃなんないの? いるかも分からない相手を無理やり当てがわれるなんて本当つまんない」
ヒスイは驚きで目を見開く。
勢いよく振り向くと、聖女が「何?」と視線だけを上にあげた。
睨まれているような感覚になったヒスイは勢いを失う。
「……それは流石に悪ふざけで言っていいことじゃない」
今までのアホみたいな聖女も聖女らしくはなかったが、今の聖女はもっと聖女らしくない。
信仰が薄いヒスイだからよかったものの、熱心な信者に聖女がこんなことを言っていたと知られたらどうなることか。
下手したら悪魔に取り憑かれていると言われて幽閉される可能性だってある。
「そうだね。私がおかしいの」
聖女は諦めたような笑みを浮かべると再び歩き出した。
ヒスイの前に出てしまって表情が読み取れなくなる。
「――でもさ、恋くらいなら大丈夫なんだよ? 交わらなければいいんだから。神様の怒りを〜とか迷信みたいな理由じゃなくって、要は他者の魔力が混じると都合が悪いだけなんだから」
「そうなのか?」
急にいつもの調子に戻った聖女に困惑しながらも、ヒスイはなんとか冷静を装って答える。
「そうよ! でもそうね、ヒスイがダメだって言うなら、今日は手始めに――ハグがしてみたいわ!」
「は? ハグ?」
「ハグなら、孤児の子供たちとかお偉いさんに会った時とかにしてるんだから、問題ないでしょう?」
確かに聖女に触れてはならないという禁止項目はない。
ヒスイは渋々「まあ、ハグくらいなら」と了承した。
「よし! じゃあどなたにハグして貰おうかな〜! やっぱりイケメンがいいわね!」
振り返った聖女は、ニシシと片方の口角を上げていたずらっ子のように笑っていた。
普段公務で浮かべている完璧な微笑は作り笑いでこちらが本当の笑顔なのだとしたら、恐らく聖女は普段いろんな我慢をしている。
聖女として地上に降りるのは本人の意思とは関係ないのだろうか、神様に言えば変えてもらえないのだろうか。ヒスイはそこまで考えて、アレ? と眉を寄せる。
いるかも分からない相手……?
聖女は先ほど確かにそう言っていた。
いるかも分からない相手を当てがわれてつまらないと。
「なあ、聖女って元々天界で神様と暮らしてたんだよな? 俺らからしたら居るか分かんねーけど、お前からしたら神様って知り合いなんじゃねーの?」
イケメンを物色している聖女に後ろから声をかける。
振り返った聖女は一瞬逡巡するように視線を上空へ彷徨わせたが、カラッとした調子で言ってのけた。
「ああ、私天界にいた時の記憶ないわよ? 天界情報漏洩防止の為に降りてきた時点で記憶空っぽになってるの」
「……マジ?」
「マジマジ」
聖女が自分も人間だと言っていたのが今更腑に落ちる。
記憶がなければそう思ってしまうのも無理はない。
白鳥の子供がアヒルと共に成長して、自分をアヒルと思い込むようなものだろう。
現に聖女は、降りてきた直後は子供のような姿だったが今は成人前後の姿に成長していた。
「てか俺そんなん全然知らんかったわ。だから神官進級試験落ちんのかな〜」
「ごめん、これ教皇とその側近くらいしか知らないから」
「――は?」
俺はピタリと足を止める。
「いいじゃない、ヒスイの秘密知ってるんだし、私の秘密もお裾分け〜ってことで」
「よかねーよ!!」俺は聖女の肩を掴む。「変な秘密を吹き込まないでくれ!」
「これくらい大したことないじゃない。ヘタレね」
「偉い人しか知らない情報は知らないに越したことねーんだよ。大抵ちゃんとした理由があって秘匿されているんだから」
「ちゃんとした理由ねえ〜」
聖女が顎に手を当てて首を傾げる。
「記憶って消せねーのかな」
「消せるんじゃない? 神様なら」
「あのなあ……」
ヒスイが嫌そうな顔をすると、聖女はおかしそうに笑って歩き出した。
しばらく聖女と馬鹿みたいなやり取りを続けていたが、突如腕を激しく揺さぶられる。
「ねえ、ヒスイ! あんなハグがいいんだけど」
言われた方を見てみると、身長差のあるカップルが抱き合っているのが目に入った。
女が男の腰に手を回し首を痛めそうなほどの角度で見上げている。
男はそんな女の肩に手を置いて、髪を撫でたり、時折顔を近づけたりしている。
女は顔が近づく度に、「だぁ〜め」などと言って男の口を手のひらで抑える。キャッキャと笑い合って完全に二人の世界に入っていた。
何が「だぁ〜め」だ。ダメではない癖に。
ヒスイは苛立って目を逸らす。
「お前あんなのがしたいわけ?」
「そうよ! 情熱的で素敵じゃない!」
素敵なわけがあるか、とヒスイはため息を吐く。
あんなのをジュスタンにいる男とさせたらどうなるかなんて考えなくても分かる。
一気に国の危機だ。
ハグだけで終了、そうは問屋がおろさない。
「……絶対やりたいわけ?」
「もちろん! 私、やりたいことはなんでもやるって決めてるの!」
「とりあえず、今日は公務でするようなライクハグにするってのはどう?」
「はぁ? ヒスイって馬鹿なの? そんなの今わざわざする意味ないじゃない!」
「……ですよね」
ああもうめんどくさい。ヒスイは深いため息をつきながら頭をかきむしる。
「はぁ……分かったよ。俺がしてやる」




