37
認識阻害魔法をかけたヒスイ一向は教会内部にいた。
聖女塔下層の警備は手中に収めてあるのでどんどん駆け上がる。すぐに最上階の教皇の自室に向かおうとしていたが、途中で索敵に引っかかった存在にヒスイは足を止めた。
「ヒスイ?」
息を切らした聖女が問いかける。
「いたぞ。この部屋にいるのが前教皇だぜ。体の方が、な……」
「ココ!」
殿下はヒスイが言い切らないうちに風を切って部屋に飛び込む。
簡素な作りのベッドに飛んでもなく顔色の悪い老人が眠っていた。こんな質素な部屋に前教皇が雑に置かれる訳がないので、体が入れ替わっているというのは本当だったらしい。
ヒスイが聖女に視線を送ると聖女は硬い表情で頷き、ベッド傍に佇む。
「エクストラヒール」
光に包まれた老人を見て聖女はホッと息を吐く。
やがて老人が薄く目を開らき、ちらりと殿下の顔を見た。その顔を見た老人がわずかに口角を上げて目を瞑る。
「……なんでわかんの? 俺……だって今、爺さんじゃん」
「バカ。分かるに決まっているだろう……」
殿下の震えた声なんて初めて聞いた。
ヒスイたちが気を使って部屋から出ようとしたら、殿下は「ヒスイ、作戦通り俺とカネルはココと記憶を探す。お前たちはゴルシェンへ。一刻も早くだ」といつもと変わらない様子で指示を出してきた。
記憶の方は殿下たちを信じるしかない。
ヒスイはコクリと頷くと「よし、聖女、ベルガモット行くぞ」と言って再び上を目指した。
途中、警護についていたベルガモットの上長メルルと、父である聖騎士団総帥に会い、「枢機卿は我々で抑えるから上に行きなさい」と見送られる。
十二人を二人で相手するつもりなんだろう。堂々たる背中が眩しく見えた。お礼を言って上を目指す。
「前教皇にどうやって勝つかプランはあるのかい!」
走りながらベルガモットが問いかける。
「んなもん、近づいて剣で殴るしかねーだろ」
ベルガモットは「そんなことだろーとは思ったよ」と呆れ顔になる。
「近づいて殴るは一応あっている。今まで何十年も老人の体だったんだ、若い体に入ったとてまともに動かせやしないだろうよ。ようは聖属性魔法と星属性魔法、この二つに注意したらいいが――」
そこで言葉を切ったベルガモットは意味ありげにヒスイへ視線を送る。そして硬い表情のまま再び言葉を紡いた。
「おそらく無限に回復されるだろうよ」
「……キチイな」
ヒスイは苦虫を噛んだように顔を歪める。
もう最上階に着いていた。聖女が軽く息を整えた後顔を上げる。
「星属性の記憶操作魔法は多分、気にしなくていい。私が記憶を抜かれた時は大きな魔法陣を使用していたから、事前の用意がないと出来ないんだと思う」
「え! 聖女様記憶が戻っているんですか!?」
ベルガモットが驚きの声をあげ、ヒスイが「一部だけだ」と補足する。
「なるほど。記憶操作がなかったとしても、占い、予測、直感のような魔法はあると思っていいね。ヒスイは動きを予想してくる相手に、回復しきれないような致命傷を一撃で与えないといけない。分かるかい?」
「ああ、とんでもなくクソだな。でもやる」
華やかな装飾の重厚なドアの部屋をヒスイは鋭く見つめる。あの部屋に教皇がいる。
いくら気配遮断をかけていてもドアが開けばこちらに気づくだろう。もしかしたら前回の失敗を踏まえて闇魔法の感知が出来るようにしていて、もう気づいている可能性もある。
ヒスイは短く息を吐いて、握っている剣にギュッと力を入れた。
ユーベル、力を貸してくれ――。ヒスイはそう心の中で語りかけ、ドアの取手に手をかけた。程よい緊張感に包まれる。
しばらくそのままでいたヒスイに聖女が手を重ね、ベルガモットもその上から重ねた。三人で頷いてとうとう戸を開ける。
グレージュの後ろを刈り上げた髪型の若者の後ろ姿が見え、その若者が振り返る。
「ノックもしないで入るなんておかしな客人だな。ってあれ? 聖女様と……誘拐犯ヒスイ・フェルドーネス!? え、なんで!?」
思っていたより間抜けな邂逅にヒスイの眉間に皺が寄る。
相手は教皇で間違いない。見た目がココデル。中身が老人、ゴルシェン――のはずだ。
「なんで聖騎士がいないんだ!? ど、どうしたらいいのこれ!? あ! 貴女は聖騎士だよな!? ちょっとどうにかしてくれよぉ」
これは中身も放蕩ひ孫と有名なココデルに見える。先に中身ココデルの老人に合っていなければ騙されていたかもしれない。
――間違いなくやつは演技をしている。
そう確信したヒスイは素早く抜刀し一瞬で間合いを詰めたが、軽く手を振って生み出された長方形の透明な板のようなものによって刃が止められた。聖属性魔法の結界だ。
「クックック。なんだ、引っかからんのか。周りには評判の演技なんじゃがのう」
顔を上げた若者の雰囲気がガラッと変わった。間違いなく前教皇のゴルシェンだ。
「聖女の記憶を取り戻しにきた。返せ」
「お前さんとは初対面だと思ったが――それが人にものを頼む態度なのか?」
「いいから返せ、よっ!!」
ガンガンガンと剣と結界がぶつかり合う音が響く。
激しく動くヒスイとは対照的に、ゴルシェンは指揮者のように右手を振っているだけの余裕っぷりだ。
ベルガモットは聖女を守りながらどうにか結界を解除できないか試しているようだが一向に結果は現れない。ベルガモットは舌打ちをすると、聖女に後ろに下がっているように言い、剣を持って参戦し出した。
二人から繰り出される斬撃を、ゴルシェンは両手を使って巧みに弾く。
結界を一部分だけにすることで強度を高めているのか、魔法を纏わせて斬りかかってもびくともしない。おそらく予知のような魔法を使っているのだろう。死角になるところから攻撃しても素早く結界を張られ攻撃を阻止された。一旦下がって息を整える。
「つまらんのう。退屈だ」
ゴルシェンはわざとあくびをしてみせると「いつ無駄だと気づく? いつ絶望した顔を見せる? いつ膝をついて許しをこう?」とニヤニヤとヒスイたちを見つめる。
「冗長な観劇は苦手でのう……クライマックスまでちと早送りしてくれると助かるんじゃが」
「そりゃー爺さんが頻尿だからじゃねーの?」
「……ほう?」
ベルガモットと聖女は驚いてヒスイを見たが、ヒスイはそんな二人を無視して続ける。
「あぁ、でも俺も同意」
ヒスイは薄く笑みを浮かべる。
「頻尿じゃねーけど、長々とやるのは苦手なんだ。こちとらブランクがあるんでね」
ヒスイの余裕有り気な表情にゴルシェンが「気でも狂ったか」と嘲笑うが、ヒスイは態度崩すことなくゆっくりとゴルシェンに近づいていく。
「一個訂正すると、絶望して跪いて許しをこうのはお前だ、よ!!」




