36シロ
――なんで? 怖い!! ママは!? パパは!?
幼い少女が魔法陣の中心にいる。シロその様子を神視点で見つめていた。少女の心情が心の中に直接流れ込んでくる。
――どこ、ここ。やだ……一人ぼっちはいや。
やがてコツコツと足音が響き、あたりを見渡す少女の目に格式高そうな服装をした老人が映った。顔を上げた少女は目を見張るほど愛らしい顔をしている。
整った輪郭に福々とした頰、しっかりとした鼻筋、大きく丸い瞳がはまった二重の目に、影が掛かるほど長い黒いまつ毛。腰まで伸びた黒髪は綺麗に整えられており、両親に大事にされているのを感じさせた。
「お爺さん、神官なんだよね? ママとパパを治してくれるんだよね! もう治った?」
鈴が鳴るような声をあげて少女が老人を見上げる。
「面白いことを言う。お嬢ちゃん、流石のわしも死人は治せんよ」
老人はそう言ってゆっくりとした動作で魔法陣へ手をついた。少女の目からはとめどなく涙が流れている。
「治すから、ここにいてってお爺ちゃんが言ったのに……! 私いい子にしてたよ? なんで……」
「そんなに泣かなくてもいい。お嬢ちゃんが両親を治せばいいんだから」
「――私が?」
「ああ、わしが魔法をかけてあげよう。お嬢ちゃんはこの国一番の回復魔法の使い手に生まれ変わるんだよ。星魔法――記憶を抽出せよ(エクストラクトユアメモリーズ)」
老人の手を起点として魔法陣がどんどん光っていく。その神聖な景色とは裏腹に、シロには老人が邪悪な笑みを浮かべているように見えた。
「両親を生き返らせることを覚えていられたらいいが、な。――おい、命を入れろ」
老人がそう言って何か合図すると、一二人の同じ格好をした人たちが現れ、囚人のような格好の者たちを蹴飛ばして魔法陣の中に入れた。その後ちょうど十二角あったそれぞれの角に立つと、何やらぶつぶつと呪文を唱え出した。
少女を包む光が一層燃え上がる。
「いやああああああああ!!!! い、痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!! きゃああああああああああ!!!」
およそ少女の出すものとは思えない、耳をつんざくような激しい悲鳴が響く。
シロは見ていられなくなってその場を離れようとするも、一ミリも動けない。目も耳も塞ぐことが出来ず、その全てを強制的に受け取らされた。
『おい!』
「やめてやめてやめてええええ!! あああああああああああ!!」
少女の黒かった髪がどんどん白くなっていく。まつ毛も同じように――。そして少女を包んでいた光が明け、その全貌が見えてきた。
顔を上げた少女の瞳が虹色に輝いていた。あれほど泣いていたのにぴたりと涙を止めて不思議そうにあたりを見渡している。
『おい!! 起きろ!』
打って変わって穏やかな笑みを作った老人が少女の前に手を差し伸べる。
「こんにちは聖女様、我々を救うために降りてきてくれてありがとうございます」
「おい! 起きろ、大丈夫か?」
視界いっぱいにクロの顔が映り、シロはハッと目を覚ます。
「どうしたんだ。うなされてたぞ」
「――え?」
――そうだ……今のは……夢?
シロは顔を覆って深い息を吐く。なんだか安心してどんどん涙が出てきた。
クロがギョッとした声で「おい、なんで泣くんだ」と言い、慌てながらもシロを抱きしめて背をトントンと叩く。
もうなんとなく分かっている。――今のは記憶だ。
「私の目って何色なんですか?」
クロの手がピタリと止まる。
「何色なの? 鏡持ってきてください」
思えばここにきて一週間ほどしか経ってないが、鏡を一度も見ていない。意図的に隠されているとしか思えなかった。
クロはシロの背に手を置いたまま動かない。シロはクロの体を掴んで引き離した。クロの顔を真剣に見つめる。
「何色とも言えない色なんでしょう? あえて言うなら虹色」
「……何か思い出したのか」
シロはコクリと頷く。
「少しだけ。私が聖女だということだけ。聖女になる瞬間の地獄のような記憶を思い出しました」
「はあ……」
クロは額に手を当ててため息をつく。
「前もそうだったよ。前は火事の瞬間。辛い記憶から思い出す仕様なんかね……」
クロはシロに向き直ると「お前の記憶は辛いことばかりじゃない。俺が幸せな記憶も取り戻してくる」と言ってそっとシロを抱きしめた。
その様子を見て、シロはようやくクロが本当に知り合いで、自分のために身を粉にして動いてくれていることを理解した。
聖女になる記憶を取り戻した今、あの環境が地獄だったことは容易に想像出来る。クロは無理やり誘拐したのではなく、地獄から連れ出してくれたのだ。シロのために――。
クロが再びシロの顔を見て口を開く。
「お前は何も気にしないでここにいたらいい。俺がお前の願いを全て叶えるから」
「なんでそんなに……」
「お前が俺を引き込んだんだろ。俺になんでも叶えろって」
軽く笑ったクロはシロの頭を撫でる。
何それと思っていたのが顔に出たのか、クロは「言っておくが本当だからな? お前が俺に何でもかんでもあれしたいこれしたいって言ってさ」と過去に思いを馳せているのか優しく笑った。
そんなクロの顔をシロはじっと見つめる。クロを思い出せないことに対して、なぜだか無性に悔しくなった。
シロは意を決して口を開く。
「クロ、近々何かするつもりなんでしょう? 私も協力する」
気づけば敬語も取れていた。思った以上にしっくりきたので本来はこう接していたのかもしれない。
「いや、お前は危ないから――」
「危ないから私がいるんじゃない。私がいたら誰も死なない。聖女ならきっと出来る」
一部分しか思い出せていないが、おそらく出来る。シロにはその確信があった。
「お願い。私も行かせて。私は記憶を取り戻す。そして……聖女システムを崩壊させる。私がいなくったままだと次の子が選ばれる。私はそれを止めないといけない」
「……ふー。なんとなくそう言う気がしてた」
クロは諦めたようにそう言うと立ち上がって肩をすくめる。
「一緒に取り戻そう。全てを」
「そう来なくっちゃ。改めてよろしくね! ええと……名前は――」
そろそろ本当の名前を聞いてもいいだろうとシロは尋ねる。クロが名を言わなかったのは、聖女であるシロにだけ名前がない事実を隠すためだっただろうから――。
案の定クロはすぐに口を開いた。
「ヒスイ」
「ヒスイね、よろしく!」
――ああ、やっぱりしっくりくる。私は毎日この名前を呼んでいた……。
なかなか帰ってこない返事を不思議に思いシロは首を傾げる。
「ヒスイ?」
「――いやなんでもない。ああ、よろしくな」
噛み締めるように言うヒスイがどこか印象的に映った。




