34シロ
「何も叶えてくれないの?」
「……無理です」
翌日、クロが見せてきたやりたいことリストは、正直しょうもない煩悩の集まりだった。
シロと遊びたい、シロとデートがしたい、シロの笑顔が見たい、シロと抱き合いたい、シロとキスしたい、シロと結婚したい、シロと自由に暮らしたい――。
全てシロとやりたいことのリストらしい。
突きつけられた時は思わずこめかみに手を伸ばした。
「私の記憶が戻れば、自然と全て叶うんじゃないですか? 私たちが両思いだったという前提が本当であれば、ですけど」
「その記憶を戻すためにこのリストを作ったんだけど」
「え? まさかこのイチャイチャリストをこなすことで記憶が戻ると?」
「そうそう。大真面目だよ僕」
クロが余裕たっぷりな顔で笑う。
「どうせ暇でしょ。何もすることないし」
「それは……そうですけど」
シロは眉間に皺がよるのを抑えることが出来なかった。結局クロのやりたいことリストに付き合う流れになってしまっている。
「なんとなくでいいから付き合ってよ、ね?」
クロはウインクでお茶目に言ってのけると、席を立った。
湧いたお湯をコップに注いでいる背中に向かってシロは問いかける。
「記憶喪失って、一般的にはもう一度同じ状況を作ると解消するって言いません? ほら、頭を打ったならもう一度頭打ってみるとか。後は自分のことを知るとか――」
シロは胸元に光るネックレスをいじりながら深呼吸し、思い切って言う。
「私はどうして記憶喪失になったんですか? 私は誰なんですか? なんで何も教えてくれないんですか?」
そういった途端、クロの手元が明らかに固まり、やがてなんでもないように再び動き出した。紅茶を入れ終えたクロがコップを二つ手にして戻ってくる。
「やっぱ、知りたい?」
「そりゃそうでしょう」
「実は迷ってるんだ」
クロはコップから立ち上る湯気を見つめたままぽつりと言葉をこぼした。
「お前の記憶を戻してやりたいとは思ってる。だが、正直かなり可能性は低い。もしも返ってこないなら全く思い出さない方が幸せなんじゃないかと思うんだ」
「は、はあ? 中途半端に思い出してもモヤるってこと?」
「まあ、そういうことだな。お前の過去はあまりいいものじゃない」
シロは「え、そうなの?」と目を見開く。てっきりクロが誘拐を企むくらいのお嬢様で何不自由なく生活してきたとばかり思っていた。料理や洗濯が出来ないのも記憶を失ったのではなくて、元々やってなかった可能性が高い。
お嬢様でないなら一体何者だったんだと考えていたら、クロがやけに真剣な眼差しを向けていることに気づいた。目が合った途端クロが口を開く。
「ま、俺はお前が記憶を取り戻したいって願うなら何がなんでも叶えるつもりだけど、大体の目処がつくまでは言わないでいた方がいいんじゃねーかって思ってる。お前に嫌われてるのはきちいけど、口説き落とすのも悪くない」
――嫌っていることがバレている!?
シロは手で前髪を撫で付けながら「嫌ってなんて……」と誤魔化すもクロの顔つきは変わらない。
「あのな、お前は感情が顔にすぐ出る。バレバレだ」
「げ、私ってそんなに分かりやすいんですか?」
「今は、な。本来はかなり演技が上手い。顔に出るってことは、ここがそんなに気を張らなくていい場所って心は
分かってるんだろう」
「……そうなんですかね?」
そう言われるとそんな気もしてくる。毎朝こうも優雅に朝ごはんを取っている時点で本当に心の底からクロを恐れているわけではないのだ。
ただ、とてつもなく怪しいので警戒しているだけ――後は、好きあらばくっついてくるのを厳重警戒している。
食べ終わるとクロは食器を洗い、シロはソファーで本を読む。
暖かい日差しにまどろんでいると、クロがドアを見つめているのに気がついた。クロがドアを見つめている時は必ず直後にベルが尋ねてくる。おそら今日も来るのだろう。
思った通り、戸が開いて輝かしい金髪を靡かせたベルが入ってきた。違ったのは、一人でなかったこと――。
新たな人物の登場に多少気になったが、男性二人とクロはすぐに家を出ていった。クロと親しげだったが、どういう関係なのだろうか。自分とは何か関わりがあるのだろうか。
残ったベルが口を割りはしないことはここ数日で嫌というほど思い知ったので、シロはため息をついて外を見る。




