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「はあ……」
ヒスイはドアに背を向けてズルズルと座り込む。部屋の一点を見つめたまましばらく動けなかった。時計の秒針の音が耳につく。
いつまでもこうしていられない。
ヒスイは立ち上がって腰に刺してあった剣を取ると庭に出て鍛錬を始めた。
全てはもちろん教会と戦うために――。
聖女の記憶は一向に戻る気配を見せない。おそらく聖女が教会から離れたら記憶を失うように設定されていたのだろう、ヒスイのことはもちろん、聖女であったことも含めた今までの全ての記憶を失っていた。
取り戻すためには元凶である教皇を打ち倒す必要がある。聖女と二人逃げてしまって終わりというわけにはいかなかった。
ヒスイが一心不乱に剣を振っていると知っている気配が顔を出す。
「凄い隈。少しは寝たらどうなの? 彼女は僕が見ててあげるからさ。まあ、言ってもどうせ聞かないんだろうけど」
動きやすい服装のベルガモットが現れ肩をすくめる。
手に持っていた木刀を一本ヒスイへ投げると、来いよとジェスチャーをしてニヤリと笑った。
二人は毎晩こうして鍛錬をしていた。静寂な夜に木のぶつかる音が響く。
あの時、廃教会で途方に暮れていたヒスイを見つけたのはベルガモットだった。
逃げようとしたヒスイを引き留め、こうしてなぜか匿って暮れている。ここはヘンホート公爵家が持つ別荘の一つらしい。
ヒスイの今の立場はもちろんお尋ね者。
少し街に出れば至る所に張り紙がしてあったし、連日報道されているらしい。
気配遮断魔法があるとはいえ外出する気にもなれず、聖女と二人ほとんどこの子屋に籠り、夜に来るベルガモットに物資を支給してもらっていた。
「お前、なんであの時、俺の居場所が分かったんだ?」
剣を弾きながらヒスイは問いかける。
「僕は恋人は束縛するタイプなんだよ。居場所の把握は基本中の基本さ……っていうのは冗談だよ。そんなに怖い顔しなくたっていいじゃないか。――それさ」
ベルガモットはヒスイが地面置いていた剣を指差して言う。
「兄様の剣。あの時どさくさに紛れて勝手に持ち出してたでしょう? 本当にヒスイはやることが後先考えてない。僕が庇わなかったら窃盗で咎められていただろうよ」
「……それは、悪かった」
ヒスイは木刀を下ろすと思い切って尋ねる。
「お前、あの事件どこまで知ってる?」
「何も。ヒスイが何も言わないんじゃないか。ただね、僕は今まで散々ヒスイに突っかかってきたけど、別に本当にヒスイが兄様を殺したなんて思ってない。兄様の妹である僕が話しかけるのにはあの態度の方がちょうど良かったってだけさ。あまりに低姿勢にされてもつまらないし」
「……そうか、ありがとな」
何も話さなかった怪しい男を気遣ってくれていたことを知ってヒスイは複雑な感情に包まれた。
ヒスイは大きく深呼吸をすると、地面にドカッと腰を下ろした。ベルガモットも続いて隣に座る。
「ヒスイが何も言わないのは毎度のことだけど、今回は流石に僕は聞く権利があるんじゃない?」
傾けた首に従って癖のない金髪がサラリと靡く。
本当にその通りだ。何から何まで世話になっておいて黙ったままでいるわけにはいかない。
事情を知らなければ、ヒスイはどこからどう見ても怪しい聖女誘拐犯だ。それをベルガモットはヒスイを信用して黙って助けてくれている。
教会にユーベルの敵がいるのだ。ベルガモットも無関係ではないだろう。
何より、黙っていたらまたあの時みたいに敵を野放しにすることになる。自分が忘れたいからといって逃げていたんじゃ何もかも正すことは出来ない。
敵は学生の頃のヒスイが思っていたより巨大だったのだ。一人では立ち向かえない。
ヒスイはぽつりぽつりとあの時の真実を話はじめた。
聖女システムのこと、ヒスイと聖女のこと、そして敵が今現在、聖女のことを縛っている教皇の側近だと言うことも含めて――。
「ちょ、ちょっと待って、理解が追いつかない。兄様のことまでは分かったが、聖女様が……? え……?」
「ベルガモット、明日ここに行ってくれないか?」
ヒスイは紙に住所を書いてベルガモットに握らせる。
「ちょっと、僕まだよく分かってないんだけど?」
「いいから、この酒屋の店主に一緒に教会をぶっ壊す気はないか聞いてきてくれないか?」
「きょ、教会をぶ、ぶっ壊すだって!?」
全て話して吹っ切れたヒスイは軽い調子で「ああ」と答える。
ヒスイがこれからしようとしていることは、この国をぶっ壊して再編成するというとてつもない革命だ。
――革命、といえば聞こえはいいが抑え込まれてしまったら途端にただの反逆。一人でやろうとしてもおそらく後者になってしまうだろう。
しばらく頭を抱えて唸っていたベルガモットがふうとため息をついて顔を上げる。
「ヒスイを匿った時からもう既に半分は覚悟をしてたんだ……。匿ったのは間違ってなかったって分かっただけで収穫だしね。ヒスイの言う通りここにも行ってみる。――だ、け、ど!!」
ベルガモットはヒスイを指さしてずずっと距離を縮める。
「絶対に一人でなんでもやろうとしないこと。教会をぶち壊すなら、絶対に僕を隣に置くこと」
「ああ、分かったよ……そんなに必死に言わなくとも……」
「ヒスイはこれくらい言わないと分からないだろう?」
ベルガモットは片側の口角を上げニヤリと笑うと立ち上がる。
「僕はもう行くよ。ヒスイはせいぜい、聖女様と記憶探しでもしてたらいいさ。前だって何もしてなくても少し記憶が戻ったようだし、今回も少しずつ戻るかもしれないよ?」
「――だったらいいな」
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