32シロ
暗い部屋。
それとは対照的に窓から見える景色は光り輝いていた。外は夜だったが、行き交う人々が光り輝く花を持って歩いているからだ。
人々は花を交換し合ったり、夜店で飲み食いしたりしていて、遠くの方では音楽隊の演奏が鳴り響いている。
「あの、これは何の祭りなんですか? 凄い人だかり……」
シロは、後ろにいたクロを見上げて尋ねる。
「――結花祭。秋の始まりを豊穣の女神に感謝するってのが始まりで……でも今は男女が意中の相手に花を送るっていう祭りになっている」
「へぇ〜知らなかったです。行ってみたいな……」
シロはクロの様子を伺いながらわざとらしく言ってみる。
「ダメ。今日は絶対家から出んな。人が多いから」
クロがシロに目線を合わせるように首を傾けたので、右耳にかかっていた黒髪がさらりと落ちた。
良く言う――シロは抗議したくなる気持ちをグッと押えて再び窓の外を見る。
シロは今日に限らず、いつだって外出することを禁じられていた。
シロはここに来てから三日間、一度も外出していない。シロはクロに監禁されていた。
――おかしいなとは思った。
名前を名乗らない。常に剣を離さない。外を異常に気にする。部屋から出してくれない。外から見える位置にいるのを嫌がる。クロも殆ど外出せず、外出する時は見張りなのかベルと名乗る女性をよこしてくる――。
おかしなところは沢山あったのだ。あったが、シロはクロを頼るしか無かった。
「外を見たらなにか思い出した?」
「いや何も……」
「そっか……。何か思い出したらすぐ教えてね」クロが優しい笑みを浮かべながらシロの長い髪を手ですいた。
――そう、シロには記憶が無いのだ。
自分の名前もこの国のことも料理の仕方も洗濯の仕方も――何もかも覚えていない。クロがいないと生活していくことも出来なかっただろう。
「ほら、もういいだろう? もう遅いから寝よう」
クロが分厚いカーテンで外界から遮断する。腰に回ったクロの手をシロはジッと見たが、クロは気にすることなく部屋へと誘導した。
クロという名は、シロが勝手につけた名前だ。
呼ぶ名前が無いと不便なので、安直に黒い髪色から取ってクロと名付けた。
そして、シロという名もまた、白い髪からとってシロが名付けた。自分の名前を覚えていないシロは仮名として使い始めたが、後から冷静に考えるとまたおかしなところが見えてくる。
クロが本名を知られたくなから名乗らないのは理解出来る。
シロを監禁していることからも明らかに堅気ではない。だが、なぜシロのことまでわざわざ偽名で呼ぶのか――。
この男は私の名前を知らないに違いない。
シロは内心確信していた。
クロは記憶がないのをいいことに親しいふりをしているだけの全くの他人。
腰に手を回してきたり、髪を触ってきたりと恋人のような距離感で接してくるが、本当はただの誘拐犯なのではないかと――。
様子見を兼ねて一旦従順なふりをしていたが、流石にずっとこのままではいられない。シロは恐る恐る浅いところからつついてみる。
「ねえ、クロ。私って元々何をして暮らしていたのですか? 記憶がなくなる前もこんな生活をしていたわけではないでしょう?」
「お前は前からこんな生活をしてた」
「そ、そうなんですね」
そんなわけないだろう。こんな監禁じみた生活で文句が出ないはずがない。
涼しい顔で答えたクロはまともに答える気がないようだった。そんなクロを怪訝な目で見つめないように気をつけつつ、明るい声音で更に尋ねる。
「じゃあ、私たちってどういった関係なんでしょうか?」
「そうだな……俺たちは」
クロは顎に手を当て考えながら慎重に言葉を発する。
「命友、かな。運命のメイで命友ね」
「は、はぁ……?」
斜め上の回答にシロは困惑し眉を寄せる。
何が命友だ、メイユウはメイユウでも、迷友に決まっている。迷惑な友達。
そもそも友達だったのかすら怪しいものだ。
本当にそんな関係だったとしたら、一体なぜクロはシロの本名を知らないのか、一体なぜ世間から隔離するように監禁するのか。その説明がつけられない。
クロは嘘を教え込んでいる。
まるでそう――シロが記憶を取り戻すのをよしとしていないように。
だがそのことに気づいていると悟られるわけにはいかない。
シロは明るい声で「じゃあ早く思い出してまた仲良くしたいな」と言って笑った。思い出す前に仲良くする気がないことも暗に伝えたつもりだ。
だというのに――。
「思い出すまで俺のやりたいことに付き合ってよ」
「はぁ?」
いけない、怪訝な声を出してしまった。
シロは咳払いをすると今度は丁寧に声を出す。
「やりたいことってなんですか?」
「うーん、今は思いつかないな」
思いつかないならなぜこんなことを言い出したのか、クロのよく分からない発言にますます謎が深まる。
「やりたいことって無理に作らなくてもよくないですか?」
シロはクロに背を向け、寝支度をするためにブラシに手を伸ばして長い白い髪を梳かし始めた。これ以上話すつもりはない、早く出ていけというように。
クロはそんなシロを見て「とりあえず十個考えておくから、ちゃんと付き合ってよ」と言って無理に視界に入ってきた。クロの夜空のような黒い瞳が、愛しいものを見るように甘く細められる。
顔は悪くないのだ。むしろいい。
悪人である状況がこれだけ揃っているというのに、その顔を見ていたら誤解されやすいだけで本当は善人なのではないかと信じたくなってしまう。
「……簡単なことなら」
目を逸らしながら了承したシロにクロはそっと歩み寄る。たくましい腕をシロの肩の上から回してそっと抱きしめた。
小首を傾げシロの顔を覗き込む。
「ありがとう。なんでもやってくれるんだ?」
「そ、そんなことは言ってない!」
とんでもない解釈をされ、シロはパッとクロの方を見る。
――ち、近!
至近距離で目が合う。シロは慌てて反対を向いた。
「……照れてる?」
「いえ。でも離れてください」
「照れてるでしょ。耳真っ赤だよ」
クロの冷たい指がシロの耳へと伸びる。
「……っ!?」
顔が熱くなっているのを感じる。おそらく真っ赤になっているだろう。シロは視線を不安げに揺らし両手で頬を挟む。
「前はシロの方が俺にくっついてきてたんだけどな。しょっちゅうキスしたし」
「それ、本当に友達なんですか!?」
シロはありえないと視線に力を込めてクロを見上げた。
再び視線が絡み合う。羞恥で瞳を潤ませてクロを見上げるシロは、キス待ち顔と言っても過言ではない。
「……してみる?」
「!?!?!?」
耳元に直接吹き込まれるような感覚にシロは目を回す。なんとか両手をクロの胸板に当て押し戻した。
「し、しません!!!」
「はは、残念」
クロは両手を前に出して降参の意を伝えながら離れると、「キスをやりたいことリストに入れておこうかな」と言って笑った。
「そ、そんなことまで付き合うわけないでしょう!?」
シロは調子を乱されたまま、キッとクロを睨む。
「第一、キスは結婚してから――」
「おっ、それいいね。結婚もリストに入れようかな」
「違う! そういうことじゃなくて! 結婚もしませんから!」
この男はろくなことを言わない。妄想の過去を語り、キスをしたいと軽口を叩く。今まで距離が近いのを我慢していたが、これは流石に許容出来ない。
この男はやはり、ストーカー誘拐犯、もしくはこの国に奴隷制度があるのか知らないが、奴隷の調教師かもしれない。それも女に優しくして心から縛りにいく凄腕の。
――とにかく信用してはならない。
シロは決意を固めると、クロの背中を押して部屋から追いやる。
「お、おやすみなさい!」
「分かった、分かった、出て行くから。おやすみ」
クロは楽しそうな笑みを浮かべてシロの頭をポンポンするとあっさり出ていた。
シロは自身の頭を一生懸命払い、その感覚を拭い去る。




