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ヒスイは気配遮断魔法をかけ、堂々と正門から聖女塔へ侵入した。
すぐに転移ワープが目に入ったが、あれを使えばバレてしまうため階段へ歩みを進める。
――ああ、くっそ、もう俺、覚悟を決めるよ。
聖女を自由する。その願いを叶える。今夜聖女を連れ出す……!
なんとなく出来そうなこと――聖女の名前を調べることから始めたが、そんなものは後からでいい。
聖女が本当に心の底から望んでいるのは自由になること。そんなのすぐに分かる。分かっていても、こんな大それたこと、とてもする気にはなれなかった。
だがもう逃げるのはやめにした。
聖女を救いたい。例えヒスイの何を犠牲にしてでも。
――女に惚れて身を滅ぼす男ってこんな感じかねぇ……。
ヒスイは今後、世紀の大誘拐犯として後世にまで語り継がれるのだろうか。親にはもちろん勘当されるだろう。職場には二度と戻れないし、ジュスタンにだって戻れないかもしれない。ヒスイと共に逃げた先で、聖女に自由が待っているかも分からない。もしかしたら壮絶な逃亡生活になるかもしれない。
聖女の部屋に前にいた聖騎士の首元へ手刀を叩きつける。
隣にいたもう一人が倒れていく同僚を見て「おい! どうした!」と声をあげるも、ヒスイは無常に同じ作業を繰り返した。
聖女の部屋に入る。ベッドの上に座り込んでいた聖女がヒスイの目をまっすぐに見る。
「ヒスイ……? 何して……」
「逃げよう」
「何言って……」
「今夜、命を入れるって――お前、今は体大丈夫なのか? 聖女は短命だって聞いた」
言いたいことが多すぎて要領を得ない問いかけになったが、ヒスイが何を言いたいのか掴んだ聖女はハッと息を呑んだ。
ヒスイが今このタイミングで聖女の元に来た理由を理解する。
「お前を自由にしてやる。俺と一緒に行こう」
「自由になりたいって願ったけど、でも! 私を逃したらヒスイが……」
「大丈夫だから行こう。なんとでもなるさ」
「ダメだって……もし、捕まりでもしたら!」
「いいから! 命友のためなら命を賭けるもんなの」
ヒスイは聖女に手を差し伸べた。見開かれた聖女の目に涙が溜まっていく。
「……命の方?」
「そう、命の方の命友」
「なんだ、ヒスイも気に入ってたんじゃない」
思わずこぼれてしまった笑みを浮かべながら聖女は目尻を拭う。瞳の奥に決意を宿した聖女はコクリと頷いてヒスイの手を取った。
「私……自由になりたい!」
ヒスイの手をグッと引っ張って立ち上がった聖女が、ヒスイの胸に飛び込んできた。
久しぶりに手に入れた温もりに縋るように抱きしめ返す。存在を確かめるように強く抱きしめた後、聖女の顔を見つめた。
聖女が目を閉じる。
ヒスイは聖女の絹のように滑らかな髪の感触を確かめるように頭を抱え込むと、薄く色づいた唇に自信の唇を重ねた。
もう魔力が混ざるなどなんなど関係ない。
ヒスイは聖女を脅かさないようにそっと唇を舌先でなぞる。聖女はピクリと肩を跳ねさせたが恐る恐る口を開いた。入り込んだヒスイの舌が聖女の舌を掴み取り、今までの思いをぶつけるように聖女の口内を蹂躙した。
「っん……ふぅ……」
聖女の喉から艶やかな声が溢れる。
それからもヒスイは何度も角度を変えて口付け、聖女の酸素を奪っていく。
何も考えられなくなった聖女はヒスイにもたれかかるように体をくねらせる。やっと離れた二人の間に銀の糸が伝った。
ふやけた顔つきの聖女が潤んだ瞳でヒスイを見上げた。
「ひ、ヒスイ……私、ヒスイのことが、んっ――」
今までのふざけた告白とは違って真剣なやつだと悟ったヒスイは聖女の口を軽いキスで防ぐと「そういうのはさ、俺から言わせてくんない?」と言ってはにかんだ。
「まあ、でも、それはこっから無事に出て、お前を自由に出来てからかな」
部屋に近づいてくる人に気づいたヒスイは横目で扉を見やる。
いつまでもこうしていられない。
「おい、お前がいつも抜け出してきている道はどこなんだ?」
「こっちよ」
聖女が本棚にあった一冊の本を押し込むと、本棚が一人でにスライドする。
ヒスイはよくできたもんだと感心しながら、聖女に続いて秘密の通路へ足を踏み入れた。
倒した聖騎士が見つかったのか、後ろの方で「おい、どうしたんだ! 誰にやられた!」と叫ぶ声が聞こえてきたが振り返らずに突き進む。
やがて二人はいつもと同じように教会を抜け出した。違うのはもう二度と帰らないということ――。
*
朝日がダイレクトに差し込み、ヒスイは顔を顰めた。
あまりの眩しさにヒスイは自分がどこにいるのかを思い出す。
聖女と共に夜遊びする際に立ち寄っていた廃教会だ。大きな窓にカーテンなんてあるはずもなく、床はまばゆい光で照らされていた。
「明るいところで見ると意外と汚いな……」
こんなところで聖女を寝かせて悪かったなとヒスイは頭をかく。
聖女はまだ気持ちよさそうに寝ているが、今日中に聖都から離れなくてはならない。時間が経てば教会以外の勢力も出張ってくるだろう。当然闇魔法の使い手もいる。ヒスイの気配遮断魔法がどこまで通じるのかは未知数なので、なんとしてでも検問が張られる前に聖都から出たかった。
ヒスイは視線を下げる。
聖女のつむじが目に入った。ヒスイの胸に顔を寄せて規則正しく寝息を立てている。ロングスカートの聖女服がめくれ艶かしい足が露出し、ヒスイに絡みついている。
昨日はやってしまった逃亡劇でそれどころじゃなかったが、なかなかにそそる光景だ。
好きな女が無防備にくっついている破壊力はえげつない。我慢するこっちの身にもなれよとヒスイは顔に手を当ててため息をついた。
――でも悪くない。
安心しきった聖女の寝顔を見ていると思わず笑みがこぼれた。
ヒスイは聖女の柔らかな頰を指で挟み込む。窄まった口が可愛くてまたぷっと吹き出した。
聖女を連れ出すなんてとんでもないことをしてしまったが、こんな生活がずっと出来るなら悪くないんじゃないか、世間の誰もに非難されても生きていけるんじゃないかって思えた。
ヒスイは起きた聖女にどう告白しようか考える。
以前、告白は夜景、海辺、花畑と言っていたので多分王道なのが好きだろう。
今そんな準備をする余裕はないが、せめて言葉だけでも王道に、自分の気持ちを素直に伝えようとヒスイは決意し、とりあえず言葉に出してみる。
「……好きです。付き合ってください……?」
――うっわはっず……。
誰に見られているわけでもないが、思わず両手で顔を覆い隠す。
いい大人になって何をやっているんだと小さくため息をついた。
寝返りをうった聖女の「んっ」という声が羞恥に悶えていたヒスイを呼び覚ます。
「おい、そろそろ起きろ。いつまで寝てんだよ」
ヒスイが軽く叩くと、聖女はむくりと起き上がった。目を擦って辺りを見渡すとヒスイの顔を見る。
「こんなところでもよく眠れるんなら安心だな。さ、とっとと支度してここを――」
「――貴方、誰?」
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