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「んー!! 美味しい! やっぱり自分で焼くからかな?」
「へえ、そりゃよかったな」
なんの変哲もない焼肉屋、安い肉をただ自分で焼くだけのなんでもないことを聖女は目を輝かせて喜んだ。
油が飛び散った机、煙が籠る店内、酔っ払いの声が響く喧騒。
初めての景色に聖女はキョロキョロと周りを見ながら笑顔で肉を食べていた――ヒスイの金で。
「お前なんで金持って抜け出してこねーんだよ。おかげで俺が奢る羽目になってんだぞ」
聖女ならたんまり給金も出て毎日贅沢をしてるんだろうにと悪態をつきながらヒスイも肉を頬張る。
「私、お金持ったことないもの」
「まじか」
多少驚きはしたものの、よく考えてみりゃ聖女が給金制度な訳ないわなと思い直す。
いつも従者に囲まれて贅沢な食事に貢物、何でもかんでも献上してもらうような存在なのだから、お金がなくても欲しいものを言えばなんでも手に入るのだろう。
「ていうか、ヒスイ。ずっと思ってたんだけど見た目変わりすぎじゃない?」
「……あんなクソダサい格好してられっかよ」
今のヒスイは、髪を解いてメガネも取っている。
緩やかなウェーブがかかった前髪をセンター分けにし、耳には幾多ものピアスをつけている。
神官服を脱いで若者らしい格好に着替えており、腕からは刺青が覗いている。
夜のヒスイだ。
「お前まじで黙ってろよ? 約束通りここまでなんでもしてやってんだから」
「わかってるわよ。ヒスイは私の盟友なんだから」
「聖女様の盟友だなんて鼻がたけぇーや」
俺が聖女の育てていた肉を横取りして頬張ると、聖女が「あー!」と声をあげて頬を膨らませる。
その反応が面白くて何回かやったが、可哀想になってきて焼くのを変わってやった。
「ていうか、俺もずっと聞きたかったんだけど、お前こそキャラ変わりすぎじゃね?」
そう聞いたヒスイに、聖女は相変わらず美しい瞳を向けてきた。
術者のヒスイに認識阻害魔法は効かない。
「だってヒスイ、聖女である私に黙ってろって真っ向から言ってきたでしょ? 純真無垢、神の巫女である私に」
改めてそう言われると、聖女に向かってなんていう要求をしてるんだと、過去の自分の行動に言葉が詰まった。
「私を聖女扱いしない人なんて初めて出会った」
「いや、その……気が動転しててだな……」
「いやいいの! 謝ってほしいわけじゃないから! むしろ嬉しかったの」
「あ、そう……」
ヒスイは額をポリポリとかいて照れているのを誤魔化す。
「つまりそれが素の聖女様なわけ?」
「私だってただの人間だもん」
聖女様は天から降りてきた神の使いだ、人間であるはずがない。
でもそのように扱って欲しいのであればわざわざ声をあげて否定する必要もないだろうと、ヒスイはこれまで通り接していく覚悟を決めた。
聖女様に舐めた態度を取ったまま、今更態度を改めることも出来なくなっていたヒスイは、実のところおっかなびっくりしながら会話していたのだ。
これで聖女公認――安心してふざけられる。
「聖女様がこんなポンコツだと思わなかったなー」
「私だって神官にこんなヤカラっぽいやつがいるなんて思ってなかったわ」
「……言うようになったじゃねーか」
「ヒスイの真似よ。私学習能力は高いから」
「へーさすがは聖女様。恐れ入りやした」
食事を終えた二人は教会裏の出会いの場まで戻ってきた。
「ふーまじで今までで一番ヒリついた夜遊びだったな」
「私は今までで一番楽しかった! ありがとうヒスイ!」
素直にお礼を言って微笑む聖女様はそれはそれは美しい。この笑顔を独り占めできただけでやりがいはあったなとヒスイは小さく笑った。
「何はともあれ、ここでお別れだ。お前の言うことちゃんと聞いたんだから、絶対告げ口すんなよ、いいな?」
「分かってるわよ」
聖女はタイルの一部を押し込み、地下通路への道を開く。
こんなところに隠し通路があったわけか……だからいきなり現れたってわけかとヒスイは一人頷く。
いくらヒスイが考え無しといっても、周りの確認もせずタバコを吸うほど馬鹿では無い。
ヒスイが索敵を地下までやっていなかった故の遭遇だったのだ。
よくこんな通路が今までバレずにいたなと感心していたら、聖女がすんなり帰ろうとするので、慌てて別れの言葉を口にする。
「もう会うこともねーだろうけど達者でな。まあ、公務で遠くからは見かけることあるだろうけど」
数時間だがなんだかんだで楽しかった。聖女はただの三級神官が気軽に会える存在ではない。
今ちゃんと別れないと後悔する。
そう思ったからこそちゃんと別れの言葉を口にしたのだが、聖女はキョトンとした表情で首を傾げた。
「あら? 何言ってるの、まるで今生の別れだわ。明日も会うのに」
「は?」
ヒスイが勘違いしているのを感じ取った聖女は、最初に見せた意地の悪い笑みを再び浮かべ、ニヤニヤとヒスイを見下ろす。
「まさか今日だけだとでも思っていたのかしら? そんなんわけないじゃない! クビになりたくなかったらキリキリ私のために働きなさいよ!」
聖女は固まったままのヒスイにグイッと顔を近づける。
「私、まだまだやりたいことは沢山あるんだから」
月明かりが聖女の宝石瞳へ差し込み反射する。
ヒスイは眩い光に目が眩みそうになりながらも、痙攣する顔の筋肉と戦った。大声で怒鳴りつけるのを我慢した自分を褒めてやりたい。
「じゃあ、明日も今日と同じ時間にここにいてよね」
聖女が地下通路へ降りると、入り口が土で閉ざされる。
地下通路へスタッと降り立った聖女が駆けていく音をわずがに聞きながら、ヒスイは歯を食いしばり心中で叫んだ。
ふ、ふざけんなーーーーーー!!!




