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聖女の手を取って小道から大通りへ走り出たヒスイが辺りを見渡すも、賑わう時間帯のはずなのに人気一つなかった。
異界転送されている――敵は準備万端だったというわけだ。
ヒスイは今更ながら索敵魔法を行使するが、ジュスタン一帯全てにおいて人間が観測出来なかった。
『避けるなんて一体何者――ん、ああなるほど』
およそ人のものとは思えない魔法を介した無機質な声――カレンから発せられたはずのカレンでない声に、ヒスイはバッと振り返り声のする方を見つめた。
静まり返っている街にカレンの足音がやけに響き、暗い小道からゆったりと出てくる。
月明かりが徐々にカレンの顔を照らしてその相貌を明らかにしたが、顔はいつものカレンとなんの違いもない。
『点と点が線で繋がるっているのはこういうことなんでしょうね、すごい快感だ』
先ほどまで糸の切れたマリオネットのようだったカレンが芝居がかった大袈裟な動きで両手で体を抱きしめ、恍惚とした表情で天を見上げていた。
まるで丁寧に動かした人形だ。
ヒスイは恐る恐る口を開く。
「お前……誰なんだ? カレンに何をした?」
カレンは瞳だけをぐるりと回してヒスイの方を見る。
『ああ、勘違いさせてしまいましたか。私が興奮して喋り過ぎたものだから――』
「……!?」
一気に襲いかかってきた殺意に肌がひりつく。
奴はびくついたヒスイを見て心底愉快そうな声音で言った。
『私は貴方と会話をする気はありません』
一気に距離が縮まる。
ヒスイは慌てて武器になるものを探すも見つからない。
見つけたとしても今更まともに剣を振えるとは思えなかった。
――ッチ、くそ!
ヒスイは地面に手をつく。
トプンと沼に落ちたかのような音がしたと思うと、ヒスイと聖女はそのまま地面に潜り込んだ。
落ちてきた聖女をお姫様だっこで受け止めて、息を吐く暇もなく地面の下を駆け抜ける。
「何これ、どここれ、今どういう状況!?」
「俺も分かんねーよ!! とにかく逃げてんの!!」
「違う違う! 逃げ方!! 逃げ方がどういう状況なの!?!?」
聖女が困惑するのも無理はないだろうとヒスイは「あー」と声を漏らす。
「影魔法。闇魔法の一種で、影に潜れる。以上」
昼間は影が途切れ途切れになっているためこうも自由に行動出来ないが、夜となるとどこまでも潜り続けることが出来る。
それも行使者本人の魔力に既存するのでそう遠くまではいけないのだが、ヒスイには潜り続けるだけの魔力がある。
「暗い! ヒスイはちゃんと見えてるの!?」やら「ヒスイって実はめっちゃ強い!?」と叫ぶ聖女を無視してヒスイは冷静に今すべき話に切り替えた。
「奴はあれが聖女の写真だと知っている。そしてお前が聖女だということも知っているだろうな。お前、今日俺がした話覚えてる?」
「……国王派のテロリスト?」
思い当たった聖女が難しい顔をして考え込む。
「私のことを狙っていて監視をしていたら、抜け出しているところを目撃して追ってきた?」
「おそらく」
ヒスイはチラリと頭上を見上げ、水面越しのように見える地上を伺う。
「ねえ、ならばいっそ事情を話して保護してもらうってのはどうかしら。聖女が国王派の味方をしたら権力は国王に傾く。私は教会から出たいの。きっとお互いに理がある」
「ダメだ。お前忘れたのか? あいつは初動で殺しにかかってきたんだぞ」
ヒスイの言葉に聖女はハッと息を呑む。
「死なないお前に何してもいいと思っている倫理観の連中だ。教会の悪どい聖女の仕組みを知っても、同じように使われるのがオチだ」
「確かにそうね……」
「お前、今は大人しく教会の世話になった方がいいかもしんねーぞ。国王派はお前の命の残量なんて知りもしないから容赦なく殺しにかかってくるけど、教会はお前のことを死なせないし守ってくれる」
無言でヒスイを見つめる聖女の瞳が暗闇にいることでいっそう輝いてヒスイを照らす。
あまりにも不安気な顔をする聖女のおでこにヒスイはそっとキスを落とした。
「大丈夫だって、ほら、夜遊びは教会内でしたらいいんだから。会えなくなるわけじゃねえ」
「そうね……」
「暗い顔すんなって、楽しいことを考えろよ。お姫様抱っこはやりたいことリストに入ってなかった?」
「入ってた……ありがとヒスイ」
「お礼は逃げ切ってから言えよっと、あぶねぇ……」
突如影の中に槍のような黒々とした棘が突き刺さる。
地上を見上げると無表情で脱力しているカレンが目に入った。
カクンと膝をついたカレンがトプりと沼に沈む。
「げ!! 入ってきやがった!!」
敵も闇魔法を使えるのならそりゃ入れる。
影にいる理由がなくなったヒスイは地上に出た。
カレンも追って出てきて対峙する。
頭が据わっていない赤子のようにカレンの首が下を向いていた。
いつ動き出してもおかしくないカレンを前に、ヒスイは必死で考える。
「お前は何か攻撃魔法は撃てないのか?」
「無理だよ、習ったことなんてないんだもん。あ! 土を固める魔法なら得意よ!」
「なんでそんなわけわかんねー魔法なんだよ……」
ヒスイも気配遮断やらなんやらは神官寮を抜け出す時に習得していったが、闇属性の攻撃魔法なんて習得しているはずもなかった。
習得しようと血反吐を吐いて努力した聖魔法なら多少出来るが、ちっぽけな聖魔法で奴を倒せるとも思えない。
――逃げる一択。逃げるために何をしたらいいのか……。
この異界がどこまであるのか、索敵魔法を限界まで伸ばして探っていたヒスイの頭に気になるものが映った。
ヒスイは大きく息を吐く。
――いける。




