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正午。聖女塔前中央広場で聖女がパレード用の魔導車に乗るのを頭を垂れて見守って、魔導車は街道へ進み出した。
街道には旗を振っている人々がひしめき合っていて、とても追いかけられそうになかったので、ヒスイとマリナは聖女が通るルートを先回りして待機するため、中央教会の西の方にきていた。
近づかないほうがいいとは言われたが、聖女の身に危険があるかもしれないのに自分だけ逃げる選択肢はない。
「おいひ……もぐもぐ」
ヒスイが視線を下ろすと、水色のアホ毛がゆらゆらと動いているのが見えた。
聖女がいつ通るか分からないというのに、リンゴ飴やらイカ焼きやらを抱え込んでいるマリナにヒスイは呆れた視線を送る。
「マリナ上長買すぎですよ。それ全部食べられるんですか?」
「もちろん」
本当に? と無言で問いかけるとマリナは「いざとなったら、マジックバッグに入れたら大丈夫」とドヤ顔を向けてきた。
マジックバッグは空間魔法が付与されていて見た目に反してとんでもない量を収納できる高級品だ。
「ええ……それに入れても中で時間は進むんでしょう? 腐りますよ」
「ううん。これ時間凍結容量無制限マジックバッグ」
とんでもない高級品を普通に身につけているマリナにヒスイは絶句する。
――やべーレベルのお嬢様じゃん……。
家名を聞いたことなかったが、もしかするとマリナは上級貴族なのかもしれない。
ヒスイが今までのマリナの言動を思いだそうとしているとマリナが唐突に空を指差す。
「あ、見て空」
見上げた空には三頭の龍。
野生のではい。龍には聖騎士が乗っていて、先頭の白い龍に乗った女性が緩やかに手を振っていた。
「きゃあ〜! メルル様〜!」「もうすぐ聖女様も来るぞ!!」などと叫ぶ声であたりが満たされる。
龍と契約できる聖騎士は一握りしかいない。
聖女様の側に仕える近衛聖騎士団か、この聖竜騎士団のどちらかに所属していたらエリートと言えるだろう。
中でもあの白龍に乗った女性は別格の才能の持ち主だ。
「メルル様ってヒスイと同い年くらい? かっこいいよね……平民でありながら聖龍騎士団の第一部隊隊長だし」
「ああ……ええ、そうですね」
空高くにいた龍が降下してきてぐるりと旋回する。
龍の翼が生み出す強風が民衆が投げていたフラワーシャワーを一層高く上らせた。
「大迫力……」
空を見上げて呟くマリナの隣でヒスイも龍を見守った。
しばらくして聖女が乗っている、屋根がオープンになっているタイプの魔導車が見えてきた。
パレード中は通常時のように必要以上に頭を垂れなくてもよく、民衆たちは一分ほど祈りを捧げた後、旗を振ったりフラワーシャワーを投げたりと思い思いに聖女を見つめていた。
聖女は絶え間なく手を振って慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
周りには超級神官に超級聖騎士、近衛聖騎士団長に、上空には聖竜騎士団長までいて、さらには結界魔法の重鎮である第四枢機卿までいて、強固な結界で聖女は守られていた。
花びらが空中で不自然に留められて流れ落ちていく。
――これなら何の心配も要らねーな。
ヒスイはホッと肩を下ろした。が、直ぐにまた緊張することになった。
聖女の車の後ろを歩いていた聖騎士と目が合う。
綺麗に切り揃えられたパッツン前髪に金色のストレートロングで猫みたいな勝気な目をした聖騎士は、隣にいた聖騎士にぺこりと頭を下げるとこちらへまっすぐに向かってきた。
これはまずいと、ヒスイはマリナから距離をとる。
「不審者はっけーん。聖女様に近づかないでくださーい」
こんな時に声をかけられたくなかったヒスイは嫌そうな顔で「ベルガモット様……持ち場にお戻りください」と言うも「いーやだ。僕の仕事は聖女様を守ること。つまり一番怪しい人を監視していたほうが効率がいいんだよ」とかわされた。
ベルガモットはヘンホート公爵家のご令嬢、親友ユーベルの妹だ。
事故という言い分に納得してないベルガモットはことをことあるごとにヒスイをなじりにくる。
「犯罪者を野放しにしてるなんて本当に納得いかないよ」
ベルガモットがヒスイの耳に口を寄せ囁く。
「罪を償ったらどうだね? 具体的にいうと、跡取りを失ったヘンホート家に婿入りして家を立て直すとか」
「……」
いつもこれだ。
これだからヒスイのことを嫌っているのか好いているのかよく分からない。
どう反応していいのか分からないヒスイは眉を寄せて何とか言葉を返す。
「……私がヘンホート家に入れるわけがないでしょう」
「えー? 女の子一人に背負わせるつもりなのー?」
「いずれ一緒に背負ってくれる方が現れますよ」
「そりゃ僕には現れるだろうよ。でもヒスイみたいな危険人物を見張れるのは僕だけだと思わない?」
あれこれと話している間に、視界の端に映るマリナがあたりをキョロキョロと見渡し始めた。
聖女様はとっくに通り過ぎていてどんどん小さくなっていく。
ヒスイは適当に話を切り上げるべく、ユーベルにそっくりなベルガモットの緋色の目を見据えた。
「あの……本当にそろそろ追いかけないとまずいのでは――」
バチッ!!
「!?」
空で何か弾けるような音がした。
反射的に聖女の方を見ると、聖女の上空にいた龍が大きくよろめいているのが目に入った。突如降下してきた龍に民衆たちが悲鳴を漏らす。
ベルガモットはあれだけヒスイのことを危険人物扱いしていたというのに、いざ異常事態が起こるとヒスイには目もくれず聖女の元へ走っていた。
ヒスイも後を追う。
魔導車に乗っていた第四枢機卿が空へ大きく手を突き出して防御の構えをとっているのを見て、あの弾ける音は結界が破られた音なのだと理解した。
制御を失った龍が聖女目がけて落ちていく。
あの結界は事前に練り上げたもので、今即席で作りげても同レベルのものは作り出せないはずだ。
そのはずなのに、高速で華麗に高精度の結界を編み上げている第四枢機卿は、やはりただ権力で就任した老人どもとは違って最高レベルの実力者なのだろう。
この様子なら問題ないだろうとヒスイは足を緩めた。
レノンの言っていた何かがやはり起こってしまったが、この警戒体制の中、聖女を傷つけることなんて出来るはずがない。
安心したヒスイがマリナを探そうとあたりを見渡した時、騒動で止まっている魔導車に向かってフラワーシャワーを投げる男が目に入った。
なぜ今?
ヒスイがそう思って注意深くその人を見た時花びらが妙に硬そうなことに気づいてしまった。
――あれはフラワーシャワーなんかじゃねぇー!!
今から再び走っても間に合わない。
第四枢機卿はてっぺんから結界を編み始めており、側面側は無防備だ。
花びらのような何かが滑り込んでしまう。
「危なっ――」
ヒスイの声は驚きでかき消された。
そばに居た一人の護衛が、聖女様へ投げられた火器らしき花びらを掴んで下へと投げ付けたのだ。
爆発は一向に訪れず、結界を張り直した聖女様一行は再び行進を再開する。
いつも下ろしている長髪を後ろでお団子にしてるので一瞬理解が遅れたがあれはレノンだ。
レノンはヒスイが見ていることに気がつくと、ひらりと手を振って聖女様一向についていった。




