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「一班は午前中、二班は午後に職務にあたってくれ。聖女様が姿をお見せになる正午は全員聖女塔中央広場にて待機だ。職務時間でなくてもあたりへの警戒、監視は怠るな。神官たるもの降臨祭の全ての時間が仕事と思え」
中央教会の神官たちは神官長に気合の入った返事を返して各々の持ち場に戻る。
ヒスイも真面目スタイルで綺麗に同化していた。
今日は国民の祝日である聖女降臨祭なのだが、多くの国民が聖女を見に集まってくる上、お祈りにもくるため神官と聖騎士には休みはない。
「ヒスイ、同じ一班でよかったね」
マリナのアホ毛がぴょんぴょんと揺れる。
「聖女様のパレード一緒に見ようね」
ヒスイはあたりを見渡しながら、から返事をしたが、マリナは気にすることなく上機嫌だ。
「あの、マリナ上長、レノンがどっちの班か知りませんか?」
「レノン? 知らない」
「そうですか」
先ほどから探しているが、殿下はいるのに肝心なレノンは見かけなかった。
最近話せてないのでレノンと回りたかったのだが、よく考えたら同じ班だとしても殿下の護衛で忙しいだろう。
たまにレノンを見かけはするものの、ヒスイが声をかけようとしたら首を振ってペコりと頭を下げるだけで口を開かないのだ。
殿下の前で雑談をする気はないらしく、見た目通り真面目なのだろう。
考え込んでしまったヒスイを放って、マリナは「じゃあ、午後に!」と持ち場に戻っていく。
三級神官のヒスイと違って、准上級神官のマリナは参拝担当になっているので忙しい。ヒスイは今日も変わらず救護室担当である。
あれから、聖女は俺のために色々調べようとしてくれたのだが、制限の多い聖女は夜にしか自由になれず正直なんの進展もない。
だがその気持ちだけでヒスイは十分だった。十分に勇気づけられ、先日実家に行くことができたのだ。
とは言っても、誰にも会わず忍び入るように帰って酒を持ってきただけである。
和解まではまだまだ時間がかかりそうだ。
一方、その成果もあって聖女の方は進展があった。
カネルがヒスイの持ってきたワインに頬擦りしながら言う。
「すっごい丁寧に痕跡が消されてて面白かったんだよね。これって先日の目を隠しすぎて小生に聖女バレした時と同じじゃない?」
カネルが言うには、どう探っても火事で死んだ一家の記録は出てこなかったらしい。
更には、村民数調査記録がそれまでは一年ごとに残っているのに三年前のものまでしか残っておらず、この国に残っているほとんどの地図から村の存在が消えていたらしい。
「わざわざ古い地図を全回収でもしたんだろうねぇ、ご苦労なことだ……でも小生見つけちゃったんだよね」
「写真じゃねーか! こんな高価なものどうしたんだ?」
「小生、お金には困ってないからサービス」
そう言ってカネルが差し出したのは村民の集団写真のようだった。
写真なんて高価なものを田舎の村が撮っていたのを意外に思ったが、どうやら合併記念の集合写真のようで特別に撮ったのだろう。
物珍しいのもあり、ヒスイは角から角までマジマジと見つめる。
「ここ、ここの一家。死亡記録にいない人たちだね。肝心な聖女様は赤子すぎて顔立ちもまだよく分からないけれど、父親も母親もかなりの美形だ。この一家は蔓延病が流行る前に引っ越しでもしたのかな、あるいは教会に消された一家なのかな?」
「……おそらく後者だろうな。カネル、ビンゴだ。この母親の面影が聖女にはある」
その日すぐに聖女に見せると、聖女が涙を流して喜んだ。
名前は分からなかったが、両親の顔を知ることができた。大きな第一歩になったのだ。
「ヒスイ!! ありがとうっ! 本当にありがとう! 大好き!!」
大輪の花が咲き誇るかのような、白い歯が見えるひだまりのように暖かな笑顔。
細まった目には涙が光り、頰は興奮からか淡く染まっていて色っぽい。ヒスイを力一杯抱きしめ大好きと何度も言う聖女に――。
「やあ、こんにちはヒスイ」
「お、レ、レノン驚かすなよ」
「普通に正面から来たんですが……ぼーっとしてたんですか?」
「まあ、そんなとこ……暇なんでね」
ヒスイの救護室に入ってきて患者の座る椅子に腰掛けるレノンに一気に現実に引き戻される。
「今日は祝日、魔獣討伐に行く人もいなければ、賊だって出ない。怪我する人なんていないってことですかね」
「そうなんだよな〜いつもこれくらい平和ならいいのに」
「はは、そうはいかないでしょうね」
「んで、何しにきたんだよ? 殿下のそばにいなくていいのか?」
「いいのいいの。殿下はどうせ私の言葉なんて聞きやしないんですから。それに降臨祭は聖騎士が厳重警戒していますから私がいなくても大丈夫ですよ」
「ふーんそんなもんなのか。確かにお前いつも苦労してるよな。殿下の行動全然止められてないじゃん」
先日見かけた時もクラシス殿下はレノンのことを置き去りに魔導車で外出なさっていた。
乗せてもらえず締め出されていたレノンを見てこっそり笑ったものだ。
「私の苦労をわかってくれるのはヒスイだけですよ……」
レノンはいつものように殿下のことを話しだす。ヒスイもはいはいと力なく笑って耳を傾けた。
ひと段落ついたところで唐突に別の話題になる。
「そういえば、聖騎士たちが例年よりも厳重警戒してましたね。やっぱり国内情勢がおかしいのかな」
「え? そうなん? 十二周年だからじゃねーの?」
軽い口調で返すヒスイに、レノンは呆れた顔を返す。
「……ヒスイってば何も知らないんですね。国王より権力をもった教皇に不満を持つ貴族たちが、教皇の代替わりを期に色々抗議してたんだけど、何も変わらないからとうとう武力行使に出て来たじゃないですか。先月の第二枢機卿襲撃事件をまさか知らない?」
レノンが首を傾ける。紫紺の長髪が揺れ白檀の香りがヒスイの鼻にふわりと届いた。
先月から怒涛の展開でこっちは大忙しだったのだ。
国内情勢なんてもんに構ってる余裕なんてこれっぽっちもない。
マリナとの会話も大抵はどうでもいいことばかりで、ここ最近した話といえば、空の雲の話と飴は最長何分舐めていられるかだ。国内情勢なんて頭の良さそうな話題が出るはずもない。
「本当に知らないんですね。教会で働いててどうやってスルー出来たんですか? 凄いですね」
「そ、それほどでも〜」
ヒスイは褒められてないと分かりつつふざけてみたが、レノンはツッコむことなく話を続ける。
「魔力残穢がなかったから捜査が難航しているらしく、聞いた話によると魔力じゃない力で、魔法みたいに爆発を起こす兵器がこの国に流れ込んでいるらしいですよ。それで、その革命志士と言われている連中が何か起こすとしたら今日なんじゃないかって、大きな声では言えないけどみんな噂してます」
なんてこった。
だから神官長は今朝、警戒監視を怠るなと言っていたのか。詳しいことを何も知らなかったから、それ神官に言ってどうする、聖騎士に言え、とか思ってしまったじゃないか。
「その何かって何だよ?」
ヒスイが尋ねると、レノンはちょいちょいと手招きをしてヒスイと距離を縮めると声を顰めて言う。
「教会の権威が落ちたらいいわけだから、単純に考えると降臨祭の失敗――聖女様の身に何かあれば確実に責任を押し付けられます」
「せっ!」
大きな声を出しそうになったヒスイの口をレノンが咄嗟に塞ぐ。
ジロリとヒスイを睨め付けた後、そーっと手を退けた。
「わ、悪い……聖女様の身に何かって、とんでもないじゃないか」
聖女にもし何かあったらと思うと途端に心がざわつく。
「十二人いる枢機卿の半数がビビってしまって本日の公務を欠席したらしいですし、上も何かありそうって思っていると見て間違いないでしょうね。ここだけの話、今日クラシス殿下についているのは護衛じゃなくて監視です。国王派の重要人物ですからね殿下は」
「そんなことになってたのか……マジで何も知らんかったわ」
レノンはヒスイを真面目に見つめ返した後、「ちょっとは勉強しなよ」と笑う。
「でもこんな話、恋してるような不真面目な神官にしか言えないから、他には言わないでくださいね」
「いや、俺も真面目な神官なんですけど。恋してるのは聖女様に対してだから」
「またまた、誤魔化さなくていいですよ。たまにしか会えない高貴な存在に恋するほど夢見がちじゃないでしょヒスイは」
「夜会えるんです〜毎晩会ってるんです〜」
「夢の中でね。何回も聞いたそれ」
軽口を叩いていると内線がかかってくる。患者がきているのだろう。
ヒスイはレノンに帰るようにジェスチャーすると魔話をとった。
「はい、はい。どうぞ通して」
「じゃあ、またね。とにかく今日のパレードあまり近づかないほうがいいですよ」
レノンは立ち上がるとヒラヒラと手を振って出口へ歩き出した。ヒスイもはいはいと手を振り返す。
すれ違いざまに入ってきた患者が、手を振るヒスイを見て首を傾げる。




