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ヒスイは帰りながら大体のことを語った。
自分の適正のこと、自分が実の子ではないこと、無理に聖魔法を学んできたこと。
――そして事件のこと。
「俺、人殺しなんだ」
聖女が息を呑む音が聞こえる。が、それ以上戸惑った態度を見せることなく毅然として耳を傾けてくれた。
ヒスイは感謝して話を続ける。
「俺は親友を殺した。……って言ってもあれはもう親友ではなかったんだけど」
「どう言うこと?」
「俺もいまだにわかんね……」
ヒスイは厳しい顔つきで過去に思いを馳せる。
「あの頃の俺は、聖騎士コースで剣の鍛錬をしていたんだ。魔法だけになる神官コースよりもいくらかマシかと思って入ったんだが、そこで出会ったのがユーベルだ」
ユーベルは聖騎士コースの次席だった男で、それはそれはよくできた優等生だった。
血筋もよく、明るくや頼れるリーダー。それがユーベルだ。
落ちこぼれのヒスイにもよく声をかけてくれていた。
意外にも純粋な剣術の腕はヒスイといい勝負で、よく魔法なしの鍛錬に誘ってくれていた。
仲良くなったのは必然だろう。ヒスイとユーベルは境遇が似ていた。
ヒスイはフェルドーネス伯爵家の名を背負っていた。一方ユーベルもヘンホート公爵家の名を背負っていた。
父はいくつかある聖騎士団を束ねている聖騎士総帥。
その一人息子であるからには絶対に他者に遅れをとるわけにはいかなかったのだ。
にもかかわらず遅れをとってしまった。
似ていると言ってもユーベルは次席であり十分優秀で、ヒスイはほとんどの生徒に遅れをとっている上にフェルドーネス家の面汚しと陰口を叩かれていたわけだが――。
適正属性がバレないことだけに尽力していたヒスイとは違って、ユーベルは期待に応えようと真面目に努力した。真面目すぎて、家族からのプレッシャーをしっかり抱え込んでしまった。
ユーベルにとって不幸だったのは、主席の女が適当にやっても出来てしまうタイプの天才だったこと。加えて平民――拗らせるのには十分な条件が揃ってしまっていた。
仕方ないと諦めることの出来る相手だったらまだマシな未来になっていただろう。
「だんだんあいつはおかしくなっていった……でもある日突然それまでの明るいユーベルが帰ってきたんだ」
しかもユーベルはその時から格段に強くなった。
それこそ人間を超えるレベルで――今思うとあの時点から徐々に壊れ始めていたんだろう。
時を同じくして学院周辺では失踪事件が相次いでいた。
なんのためにそんなことをしていたのかは分からないが、結論から言えば犯人はユーベルで――ヒスイも狙われた。
ユーベルの姿をした何かに殺意を向けられて――。
「あいつは、使えないはずの闇魔法を撃ってきたんだ。俺は一瞬で意識を持ってかれて――でもすぐに意識を取り戻せた」
理由は単純明快、ヒスイの適正属性も闇だから。
いつものように聖魔法を撃ってこられた方がヒスイにとっては致命的だっただろう。
『あれ? 貴方、耐えちゃったんですか?』
ユーベルの口から出たユーベルではない声が、ヒスイの脳内にフラッシュバックする。
ヒスイが反撃した途端、動きが明らかに変わった。
それまでは確かにユーベルのいいそうな事、やりそうな仕草をしていたのに、それらを完全に削ぎ落として、ただヒスイを抹殺するためだけの動きをし始めたのだ。
今まで何百回と撃ち合ってきたが、ユーベルはこんな剣筋の男ではない。
「人形みたいな奇妙な動きで……無理やり引っ張られたかのように無理な動きで体をひねったり……」
あの時のユーベルを思い出してヒスイの言葉がつっかえ始める。
唇は真っ青で、今にも震え出しそうだ。見かねた聖女が立ち止まってヒスイの手を取る。
「ヒスイっ! 無理に思い出さなくていいから……もう分かったから、大丈夫、ヒスイは人殺しなんかじゃない」
ヒスイは聖女の手を強く握り深呼吸をした。落ち着きをとり戻して話を続ける。
「結局俺はユーベルを刺して止めた。ユーベルは死んで、俺が練習中の事故扱いにした――が真実を知らない周りはそう捉えなかった」
ヒスイは自嘲気味に笑って言う。
「成績優秀なユーベルがヒスイごときに遅れをとるなんてあり得ない。何か卑怯な手段で殺害したに決まっている。これは殺人事件だ――ってさ」
「違う! 違うから!」
「いいや、違わねえ。俺が殺したんだ」
ヒスイが刺した瞬間『あーあ、壊れちゃいましたか……』と言う声がユーベルの口からこぼれ、確かに何かとの繋がりが切れた感じがしたのだ。
残されたのは虫の息の本物のユーベル――。
「俺の回復魔法がヘボだから……助けられなかった」
「ヒスイ……」
弱々しい声の聖女の顔を見ると頬が濡れていた。
月明かりに反射してテラテラと光っている。
「なんでお前が泣いてるんだよ」
ヒスイは聖女の頰に手を伸ばす。
「だって、ヒスイが泣かないから……」
「ありがとな」
ヒスイの張り詰めていた表情が溶け穏やかな笑みに変わった。
二人は再び歩き出す。
「そんで、カネルが言っていた闇魔法の精度の話だけど……あの闇魔法を受けてからなんだ」
あれに打ち勝つ過程でヒスイの中の魔力回路が変容したのだろう。
学んでもないのに闇魔法の使い方が息をするように分かるようになっていた。
魔法を使えるようになる前の幼子に親が魔力を流し込んでか魔力の流れを掴ませる指導法があるが、それに近い効果が出たのだろうとヒスイは考えている。
「まあ、大方話終えたかな。とにかく俺はこれがトラウマで未だに剣は握れないし、グレて遊び呆けて家族にも見放されたってわけ」
「話してくれてありがとう。ヒスイのこと知れてよかった」
それっきり沈黙に包まれれる。
気まずくなったヒスイは額をポリポリかきながら聖女を盗み見た。
同じタイミングでヒスイの方を見た聖女と視線が絡み合い、ヒスイは聖女の力強い視線にあっけに取られ、盗み見るつもりだったが立ち止まってしっかり見つめてしまった。
聖女の赤く色づいた唇が開かれる。
「ヒスイが私にしてくれたように、私もヒスイのことを助けたい。なんでユーベルさんがそうなったのかヒスイは知りたいって思ってるんでしょう? 家族とも和解したいし、自分の出自についても知りたいんじゃないの?」
「……」
「ヒスイは諦めすぎ! 私を見習いなさいよ! なんでもやりたいってわがまま言ってよ!」
「……っぷは! お前が図々しすぎるんだよ」
大真面目にわがままを言えと力説する聖女にヒスイは吹き出した。
「でも――そうだな……」
ヒスイは顎に手を置いて目を伏せる。
いきなりの絶望に打ちひしがれて、考えることからも解決することからも周囲に助けを求めることからすらも逃げ続けてきたが、そろそろ向き合わなくてはならない。
ヒスイは顔を上げて聖女を見つめる。暗闇に溶けるヒスイの黒髪が夜風に揺れ、瞳に輝きが宿った。
「じゃあ、俺のお願い聞いてくれるか?」
「っ! もちろんよ!!」




