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ヒスイの目が見開かれる。
自分の認識阻害魔法を認知できる人なんていない――ヒスイは今の今までそう思っていた。
そうでなければ、いくら聖女に弱みを握られたからといって聖女を連れ出すなんて恐ろしいこと出来るはずがない。
「闇属性魔法をこの精度でかけられる神官なんていないはずなんだけど……君って何者?」
――お前こそ何もんだよ。
思えば、認識阻害魔法をかけている聖女を美人と言って、いい酒を出してきた時点でおかしかったのだ。
カネルに隠し事をするのは初めから無理だったのだと諦めのついたヒスイは「――そんなに俺のこと気になる? 気になるなら自分で調べたら?」と挑発的にカネルを見上げた。
「思い上がるなよ、報酬だと言ったろう?」
「はいはい……ただ単に、回復魔法を使えるだけで聖属性に適正がない可哀想な神官なの、俺」
ヒスイとカネルの顔交互に見るために忙しく首を動かしていた聖女が「え、そうなの!?」と驚いた声をだす。
「フェルドーネス家に生まれたからには、適正に逆らってでも必死に回復魔法覚えたよね」
聖女はおそらくまともに魔法学の授業を受けたことがないのだろう。
少しでも魔法学を齧っていたら神官であるヒスイが闇属性魔法を軽々と使った時点で気がついたはずだ。
回復魔法は聖属性、認識阻害魔法は闇属性といったように魔法には属性というものがある。
そして皆、生まれながらに相性のいい属性が決まってるのだ。
適正外の魔法も出来ないことはないのだが、魔力効率が異常に悪く、結局適正属性の魔法を学んでいくことになる。
フェルドーネス家は神官の大家だ。
父は准特級神官、ヒスイと同い年の姉は准上級神官、妹は聖都学院の花形である聖魔法学科神官コースで主席を務めている。万年三級神官のヒスイとはえらい違いである。
何が言いたいかというと、家族の中でヒスイだけが聖魔法に適正を持っていなかったのだ。
それだけならまだ良かったのだ。不幸なことにヒスイの適正属性は闇だった。
父は言わずもがな聖属性、そして母も聖属性――属性は遺伝するのだ。
聖属性同士が子を成して闇属性の子が生まれることはない。
双子でもないのに同い年の姉がいる時点で疑ってもよかったのだが、幸か不幸かなくもないくらいに誕生月が離れていたので気づかなかった。
幼いヒスイは自分の属性が闇なことに混乱しながらも家族にバレぬよう隠し続けたのだ。
家族はヒスイが実の子でないことに気づいているとは思っていまい。
その結果、流れるように聖都学院聖魔法学科に入学することになり、万年学年最下位の落ちこぼれ学生が誕生したわけだ。
「それで? それだけじゃないだろう?」
カネルは一度口を閉ざすと聖女の顔を指差す。
「これはその次元じゃない。小生の探究心をこれでもかと言うほどくすぐってくる出来栄え――小生が必死に解読しようとしてもほとんど見えてこない。特に目は厳重だね」
「……目以外は見えちゃうんだ」
そもそも認識阻害魔法をかけていることを見破られているのが想定外なのだがとヒスイは項垂れる。
「報酬だったな……言うよ。別に大したことじゃねーけど、適正が闇なのに家の都合で聖属性魔法を使わなくちゃなんねー状況で成長期を過ごしてきて――」
そのおかげで恐ろしく魔法に対する理解が深まった。そして聖魔法を使うために魔力のほとんどを使い切る生活を続けていたおかげか、魔力総量が倍以上に伸びた。
「そんだけ」
――ではないのだが、これ以上の説明をする気のないヒスイは目の前にあった焼酎を飲み干すと立ち上がる。
雑味がなく芋の甘味が際立っている。本当にいい酒を準備したみたいだ。
「なるほど、それも一理あるだろうね」
カネルの鋭い眼差しがヒスイを掴んで離さない。しばらく見つめ合っていたが、カネルが「まあ、いいや」と視線を逸らした。
「別の情報はいただいたし今日はこれくらいで勘弁してあげるよ。ちゃんと情報も集めるさ」
――別の情報?
嫌な予感がする。
薄々そうだろうとは思っていたが、カネルが決定的なことを言う前に帰ろうとヒスイは聖女の腕を取る。
「認識阻害されていても察するよね。君が大事そうに連れている女ってだけで、なんとなくそうなんだろうなって思ったけれど、目を厳重に隠さないといけない存在って聖女様しかいないよね」
戸の手前まで来ていたのに結局言われてしまった。
ヒスイは大きなため息をついてちらりと聖女を見る。
ピシリと固まっていた聖女はハッと意識を取り戻すと「え! ええ!? な、何をおっしゃいますの?」と誤魔化しだした。
「目、えっと……そう、ものもらいが! 特大のものもらいが出来てしまいまして、私が恥ずかしいからとヒスイに隠してもらってるんです!」
「へえ〜聖女様ってものもらいできるの?」
「出来ないです。病気怪我炎症の類は――ハッ! ひ、卑怯です!」
「……お前がアホなんだよ」
どこからどう見ても聖女の自滅、卑怯でもなんでもない。あまりにもチョロい聖女にカネルも目を丸くしている。
「こんなにも状況証拠が揃っているのに、小生の心が目の前の存在を聖女だと認めないんだが……」
「それでいい、その調子だ」
ヒスイはそう言い捨てると聖女を連れて店の外へ出た。
もういい時間だ。今日は遊びにはいけないだろうと帰路に着く。
「ねえ、ヒスイ」
「あ?」
「あの人私よりヒスイのこと知ってるよね。ヒスイもなんでも話してるし……」
ヒスイは立ち止まって聖女の顔を見た。
――これは拗ねているのか……?
同性のカネルでヤキモチをやくのは想定外だったが同時に納得もした。
多くの人が学生の時に友人への独占欲との折り合いの付け方を学んでいるが、聖女には友達も学生だった頃も存在しない。
――俺が初友であり、初恋でもあるわけね。
ヒスイは満更でもない想いに駆られ、聖女の頭を撫でる。
「俺たちが仲良しでお互いのことを教え合っているように見えたのか? どう見ても無理やり聞き出してきただろ。そもそも俺は一度も自分のことをあいつに話したことはない」
「そ、そうなの? ヒスイが貴族だったなんて私知らなかったし、事件……ヒスイの心の傷も知っている風だったから――」
「怖いよな、勝手に知ってんの。まあ、あの事件自体は有名だから知っていたとしても俺がその事件の渦中にいただなんて知らねえはずなんだけどなぁ」
ヒスイはウジウジしている聖女を見て肩をすくめる。
「お前だけだよ」
「え?」
「俺が自分のことを話そうとしたのは。ここに来る前話そうとしただろ?」
ヒスイは若干照れながらも聖女のためにはっきりと告げる。
「俺の唯一無二の命友なんだから自信持てよ」
聖女がパチパチと瞬きする。
不安げだった顔が徐々に華やいで瞳が輝いた。暗い夜道に光る瞳は空に輝く星々よりも美しい。
「そうよね! 私が命友なんだもの!」
「じゃあ、その命友にお願いがあるんだけどさ、俺の悩み聞いてくれる?」
「ええ、もちろんよ!」




