18
聖女が夜の繁華街をスキップをして歩いている。通い詰めたこの街は聖女にとっても庭のようになってきているらしく、ヒスイを先導して歩いていた。
「今日は何しようかしら? 久しぶりにカジノはどう? 今日は勝てる気がするわ!」
「本当かよ」とヒスイが呆れ気味に言うと、聖女は「任せてよ!」と眩い笑みを投げかけた。
昨日のシリアスな雰囲気はどこへ吹き飛んだのやら――。
「なあ、めちゃくちゃいつも通りだな」
「ううん。いつも通りではないわよ!」
聖女は得意げに胸を逸らす。
「ヒスイと私は盟友の更に上、運命の盟友――略して命友になったのよ!」
「はあ? なんだそりゃ」
「んもう! 命の友だよ! 命を預けあう仲ってこと」
言い得て妙。まさにその通り。
はっちゃけて笑う聖女とは対照的にヒスイの顔は引き攣っていた。
聖女の秘密を知っていることがバレたら大真面目に命の危険がある。
その上聖女を救おうとしているのだ。
今の所ヒスイに出来るのはせいぜい夜の間だけ聖女を自由にすることだが、もし本当の意味で聖女を自由にすることが出来たらなら、ヒスイは歴史に名を残す大犯罪者になるだろう。
「……言葉にされると恐ろしくなってきたわ」
ヒスイは自信なさげにぽそりと呟く。
「なんでよ、私の命もヒスイに預けるんだからおあいこでしょ」
「お前の命はめちゃくちゃ安全だろ……」
ヒスイは額に手をついて項垂れる。
「そうでもないんだけどね……」
「は? なんか言ったか?」
「ううん! 何も!」
聖女が突然立ち止まったので、「なんだよ」と仕方なく聖女の方を向いたヒスイだったが、意外にも聖女は真剣な顔つきをしていて目が離せなくなった。
ネオンライトが反射して光る瞳はいつもより原色じみた色合いをしている。
「あのさ、ヒスイ――ヒスイのやりたいことも全然言っていいからね。ヒスイの悩みも、秘密も、過去も、将来も全部」
「――は?」
「ヒスイは私に何も言わないけどなんとなく分かるよ。ヒスイが何かに悩んでるって」
――なんで……。
ヒスイには確かに悩みがあった。学院を中退したのも、グレてジュスタンに流れ着いたのも、両親と疎遠なのも、全てただ素行が悪かったからではない。
ヒスイは無言で聖女を見つめていると聖女は優しく微笑む。
「私聖女様だよ? 回復魔法だけじゃなくって散々人々の悩みを聞いてきたんだから! 任せてよね!」
ヒスイのために聖女だからと言う聖女に、なりたくもないはずだったじゃないかとヒスイの胸は締め付けられた。
ここまで言われては隠しておくのも忍びない。
「確かに俺は悩みがある。けどお前の悩み聞いた後だと俺の悩みって――」
「もう! 悩みに大きいも小さいもないから!」
聖女がヒスイの頰を挟み込んで顔を近づける。
「私も力になりたいの」
聖女の引力にグッと引き込まれる。
この街で沢山の友達は出来た。だがその誰にも本当の自分を見せたことはなかった。
当たり前だ。この街には傷ついた人ばかりが集まっていて、その誰もが現実逃避をしにきている。暗い話なんて聞きたくもないし、人のことなんて抱えきれるわけもない。
浅く広くが鉄則、いつ誰がいなくなるかも分からない、その場限りの関わりで日々を満たしてきた。
だからこんな気持ちになるのは久しぶりだ。
聖女になら言ってもいいかもしれないとヒスイの閉ざされた心が開き出す。
「……俺さ――」
――プルルルルルル。
恐ろしいほどの間の悪さ。
ヒスイは無視しようとしたが、魔話の相手を見て出ることに決めた。
魔話機を手に取ったヒスイを見て聖女があんぐりと口を開ける。抗議しようとした聖女の口を手で覆ってヒスイは通信の刻印を合わせた。
「はい、何?」
『小生の店に来てくれるかい? 村まで分かったよ』
*
「早過ぎねぇか?」
「迅速丁寧がモットーだからね」
カネルがお盆からコップを聖女とヒスイに差し出す。
ぺこりと頭を下げた聖女がコップを手に取ったところでヒスイはすかさず口を開く。
「おい、言っとくがこれ水じゃなくて焼酎だからな」
「え!? あ、本当だ」
「美人なお客様だったからちょっと良いのにしちゃった」
「良いのじゃなくて水を出せ……で、村の件は?」
ヒスイは相変わらずのカネルに呆れつつも本題に入る。
お盆を下げていたカネルは古い地図を持って席に着くと、広げてある一点を指差しながら話し始めた。
聖女はなんの話をしているのか理解していないのか、焼酎を恐る恐る舐めている。
「トボソ村、多分これだね。火事で全滅じゃ全然ヒットしなかったよ。十二年前に村民減少で廃村となったのは三村ほどあったんだけど、完全に全滅ってのはここだけ。理由は大規模な蔓延病みたいだね」
「火事は?」
火事というワードに反応した聖女が顔を上げる。
「火事もあったのかもしれないが、こんな小さな村の火事なんて記録が残ってないよ。大方、火事で一家全滅のあと蔓延病で村民全滅って筋書きなんじゃないかい?」
「筋書きねえ……」
「ねえ、これってわた――」
「ちょっと黙ってろ」
――あぶねえ……。
ヒスイは聖女の言葉を慌てて止める。
カネルに聖女のことを調べていることはバレていても、目の前にいるのが聖女本人だと気づかれるわけにはいかないのだ。
「他に何か火事にあった一家を特定する手立てはないのか?」
「うーんそうだね――死亡記録の方を見てみようか。蔓延病死亡の少し前に、別死因で死んだ六歳前後の少女――いそうじゃない?」
そんなことが出来るのか。
ヒスイは目の前の男が一体何者なのか困惑しながらも悟られぬよう気をつけて「いたらトボソ村で決まりだな」と答えた。
聖女は「トボソ村……」と神妙な顔で呟いている。
カネルは一旦立ち上がり地図を片付けると、ウイスキーを持って戻ってきた。
グラスに注ぎながら口を開く。
「……でもその前に、報酬を頂かなくっちゃこの先は調べられないよ。友人のよしみで村の情報は後払いでいいけれど、全て後払いってのはねえ――」
「……ちゃんと持ってくるからとりあえず調べ出していてくれねえか? 時間のロスは避けたいんだ」
「君、本当に疎遠になっている実家から美酒を持ってこれるの?」
カネルの視線がヒスイにまとわりつく。
「あの事件から一度も帰ってないんだろう?」
事件――その言葉にヒスイの顔は凍りついたように固まる。
まだ全然癒えていない傷を爪で撫でられたかのようだ。
「ごめんごめん! 君をいじめたいわけじゃないんだ。救済措置を取ろうと思ってね。小生は酒屋であるが、情報屋でもある。報酬は情報でもいいってわけさ」
「……そりゃありがたいが」
「小生は知らないことをそのままにしておかないたちでね。気になることはやっぱり聞いてみたくなる」
カネルはグラスを傾けながら妖艶に笑う。
丸くカットされてある氷が回る音がやけに響いた気がした。
「それで聞いてしまうけど――なんで君はこんな高度な認識阻害魔法を使えるんだい?」
やっと実は強い感が滲んできた( ^ω^ )




