17
昼間からヒスイは街へ降りてきていた。あんな話を聞いておいて悠長に仕事なんてしていられない。
朝起きてすぐ、ヒスイはマリナへ魔導会話機、略して魔話機で連絡を取った。
『え? 体調不良? 自分で治せないの?』
「ゴホンゲフン! ズズ……え〜と魔力回路の調子も悪いみたいで」
『そんなの私が治してあげるから――』
「いえ、この程度の風邪でマリナ上長の魔力を消耗するわけにはいきません。神官だからといって時別待遇はいけませんよ」
「そう……」
神官が体調不良で休みなんて聞いたことがない。
自分に回復魔法をかけたらいいのだから体調不良で休みという概念自体が存在しなかった。改めて考えてみると驚異のブラックぶりである。
ヒスイはポヤポヤしているマリナに対してならいけると、とにかくゴリ押して休みをもぎ取ったのだ。
賑わっている表通りを抜け怪しげな通りに出る。
しばらくずっと進んで、ヒスイはとある古びた店の前で足を止めた。看板には『酒屋』とだけ掠れた字で書いてある。
躊躇うことなく戸を掴んだが、鍵がかかっていて開くことはなかった。
昼間だというのにまだ営業していないらしい。
これからの方針として、まずは聖女がどこの誰なのかを特定するところから始めることにした。
名前を呼んでほしいという願いも叶えらえるし、上手くいけば記憶を呼び覚ます手助けになるかもしれない。
そのためにはこの男に頼る他なかった。
ゴンゴンゴン
「おい、いるんだろ? ヒスイだ」
返事がない。室内の音を探るが人気もまるでなかった。
「ッチ……おい! いつまで寝てんだ! カネル!!」
ヒスイが声を張り上げて再び戸を叩いた時、室内からしゃがれた声が返ってきた。
「……起きてしまったじゃないか」
鍵の開いた音がしたのでヒスイはすぐに戸を引く。
まだ戸を掴んだままだったカネルがよろめいてヒスイにぶつかりそうになったが、ヒスイは片手で制して室内に入った。
目に入ったのは床に転がったいくつもの空き瓶。ヒスイは相変わらずだなと呆れた目を向けた。
「よお、酒好き。昨夜は深酒でもしてたのか?」
「やあ、女好き。昨夜はお楽しみだったのかい?」
ノータイムで帰ってきた戯言にヒスイは顔を顰める。
「いつの話してんだ」ヒスイが応接用にソファーに勝手に腰掛けながら言うと、カネルは「そういえば君、最近見ないね?」とヒスイの顔を覗き込んできた。
視界に入り込んできた褐色肌に映える白い長髪は、寝起きだからか無造作に広がっている。
グレーの瞳にヒスイの顔が映り、ピアスの刺さった眉が何かに気づいたように歪んで口の端が上がった。
「ははん、君、昨日眠れないほどの何かがあったんでしょう? そしてその何かは君が最近女遊びをしていないことと関係がある――差し詰め本命の女ってところかな? 更にはその何かを解決するためには小生の協力が必要――そうだね?」
カネルは長い前髪かきあげながらヒスイの対面のソファーに腰掛ける。
そしてこちらを見透かしたように笑って問いかけてきた。
「さて、どんな情報をお望みだい?」
やはりこの男の観察眼は只者じゃない。
カネルは情報屋――いや、探偵でもあり、あまり機能していないが酒屋でもある。
結局なんでもやっているので何でも屋といったところだろう。ヒスイがよく出入りする飲み屋で知り合った酒好きの男でもう四年の仲になる。
仕事の報酬は珍酒や美酒でいいという変わった男で、手に入れた酒を売り場に並べはするものの、惜しくなって手放せないのだから酒屋としては終わっている。
これはヒスイの勘だが、カネルなら必ず何かは知っている。
ヒスイが神官だということも、なんでもない会話のついでのようにサラッと告げられたので驚愕したものだ。
「その前にいくつか確認したいことがある」ヒスイは悟られないように深呼吸をする。
「お前は確か南の国出身だったよな? この国とは文化も宗教も違うんだよな?」
「ああ、そうだね」
「あと、いつもなんでも知っているが出所は? 具体的に言うと、教会とかとは繋がりはないんだよな?」
「なんだい小生のことを根掘り葉掘りと……まさか君の本命って男だったりしないよね? 具体的に言うと、酒屋の褐色外国人男性とかだったり――」
「しねぇよ!!!!」
カネルの言葉を遮って力一杯叫んで否定する。
「なんだ安心したよ。てっきり小生のことを思って昨夜は眠れなかったのかと」
「そんなことは未来永劫ないから安心しろ」
「それは残念だ」
カネルはにっこり笑って席を立つ。適当なコップに飲み物を注ぐとヒスイに差し出してきた。
「君、気づいてないと思うけどすごく緊張してるよ。少しは落ち着いた?」
カネルに余計な世話を焼かれたことに気づいたヒスイは舌打ちしながらコップをひったくった。一気に飲み干そうと口をつけたが、すぐにコップを離して机に打ちつける。
「酒じゃねーか!!」
「いい景気づけになったでしょう?」
「一口飲んじまったんだけど……はあ……」
カネルは恨めしそうに睨んでいるヒスイをさらっと無視してソファーに座る。
「なんだかとっても面倒ごとの匂いがするね。並大抵の酒じゃ満足できないけど大丈夫?」
「てめえには言ってなかったが、俺はフェルドーネス伯爵家の次男なんだ。親父の蔵酒を二、三本くすねてきたら一発さ」
「わあ、驚いた。君本当に貴族なの? フェルドーネス家といえば代々神官を輩出している名家じゃないか。その次男って言えば――いや、今はこの話は遠慮しておくか」
「そうしてくれ」
とても驚いているようには感じない声音。
しかも瞬時に次男の情報が脳内ヒットするあたり元々知っていたのだろう。つくづく食えない男だ。
ヒスイはもう一度深呼吸をしてカネルの目を見る。
「十二年前くらいに村全体の大規模な火事はなかったか? 死傷者多数……あるいは全員死亡とか……」
「妙な情報を欲しがるねぇ」
聖女の唯一の記憶によると、聖女の親は殺され、更には家も燃やされて連れ去られた。
おそらくその火事で一家丸ごと死んだことになっているはずだ。
だが、聖女のことを知っているのは何も家族だけではない。村人全員が美人な聖女のことを知っていたと考えて間違いない。
聖女は公務で度々顔を出している。
降臨した直後なんかはそりゃ大々的に顔写真がばら撒かれた。
天から降りてきたはずの聖女に瓜二つの人間のことを知っている存在が一人でもいたら、たちまちに噂は広がるだろう。
だから教会は村ごと潰した。そう考えて間違いない。
「火事で全員死亡だなんてどんな条件が重なっても難しくないかい? 実際にあったなら奇妙な事件だね」
カネルは顎に手を置いて視線を上に向ける。
そしてヒスイへと視線を戻すと「でも面白そう。特に十二年前というのが気に入った」と言って目を細めた。
「最近十二という数字をよく耳にするね。そこの八百屋も十二円セールをしていたし――あぁ、今年が聖女降臨十二周年だからかな」
コテンと傾げた首に従ってカネルの白い髪がハラリと動く。
ヒスイはカネルの視線から逃れるように下を向くと大きなため息をついた。
「気持ち悪りい匂わせかたすんなよ、普通に聞け。ったく……察しが良すぎてもはや怖いわ」
「君が分かり易すぎるんじゃない?」
ヒスイは降参の意を示して両手を上げるとソファーの背に深くもたれかかる。
ここまで話すつもりはなかったのだが、話さなければ調べてもらえそうにない。
「その死亡者の中に六つ前後の少女――とびきり可愛らしくて将来美人になるだろうなっていう少女がいたらその子についても知りたいんだけど――」
「なるほど、聖女様って火事で死んだはずの人間なんだ?」
「……お前よくそんな不敬なことを口に出せるな」
「まあね。小生はこの国の人間ではないし、そもそも与えられた情報を鵜呑みにしないっていうのは基本だから」
「はいはい……そうですか」
なんだかどっと疲れてしまった。
こっちは一世一代の告白のように話したのに受け取り手がこの調子なのだ。呆れてものも言えなくなる。
うんざりしたヒスイは「じゃあ頼んだ」と言って立ち上がる。「承りました〜」と呑気に手を振ってくるカネルの姿に、ことの重大さが分かっているのか心配になった。
謎解明スタート♪




