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湖の中心の小島へと繋がる光る橋、風が吹くたびに鈴のような音が鳴る光る花、水面や木々に光る蛍――多くの男女が肩を寄せ合いその幻想的な風景を眺めていた。
ここは夜でも――とういか夜しかやっていない超定番デートスポットだ。
閉園時間まであと一時間ほどしかないが、自然を眺めるのなんて一時間もあれば十分だろう。
聖女はあたりを見渡しなら「これよ!! これこそデート!」とご満悦そうだ。
「こんな素敵なところで告白とかされてみたいわ〜」
「……しねぇよ?」
「告白はやっぱり、夜景、海辺、花畑のどれかよね〜!」
「しません」
聖女は「もう、けちー」と頰を膨らませると「ね、ヒスイ! 早く中心行ってみましょう!」と言ってヒスイの手を取った。強引に手を引かれ小走りで公園を駆け抜ける。
途中で聖女が強請った花が散らされたドリンクを買い、中心のベンチへ腰を下ろした。
聖女はドリンクをちびちび飲みながら、食い入るように蛍や花々を眺めている。ヒスイは景色などそっちのけで聖女の横顔を眺めていた。
「綺麗ね〜!」
「ああ、そうだな……」
ヒスイの脳裏にお前の方が綺麗だよという定番のセリフが浮かび苦笑する。
あまりにも自然に出てきたのだから救いようがない。
ヒスイは無理やり聖女を視界から外すべく空を見上げた。
広大な宇宙で懸命に輝く星々を見ていると、素直に自分の気落ちを認めてもいいのではないか思えてくるから不思議だ。
――結局、好きなのだ。
好きだから、聖女のために何かやってあげたいと思ったのだ。
聖女のやりたいことを積極的に叶えてあげるための建前で、今日で最後だからと言い訳をしていただけのだ。
しないと言い切ったのに気を抜いたら本当に告白してしまいそうになる。
ヒスイが本当これどうするよと額に手を当ていると、もたれかかってきた聖女が「ありがとう」と小さく呟いた。
「……何が?」
チラリと聖女を見たヒスイは、そのまま強い眼光に引き寄せられ目が離せなくなる。
「全部だよ。デートしてくれたのも、いつも一緒にいてくれるのも」
その瞬間、風が吹いて一際大きく鈴花が鳴った。
木々に止まっていた蛍が一斉に舞い上がり、水面に輝きが反射して辺りが光で満ち溢れる。
聖女の何色にも見える宝石の瞳が黄金に輝いた気がした。
自分の胸の鼓動に責め立てられたヒスイの口から出たのは「お前のためじゃなくて、俺の平穏な神官生活のためだから。秘密を握られて仕方なくだな……」といういつもの軽口じみたセリフだったが、聖女は満足したように「そうだったわね。お礼を言って損しちゃった」と明るく笑った。
*
「ヒスイ〜〜!? 背中のチャックおろしてよ」
「はあ!? んなもん自分でどうにか出来るだろ!?」
元の服に着替えるために寄った廃教会にヒスイの大声が響く。
泣きそうな声で助けを求めた聖女に何事かと焦って戸を開けたのにこれだったのだから仕方がない。
「無理よ!! そもそも私一人で着替えたこともないんだもの! 聖女だもん!」
「……左様でございますか」
死んだ魚のような目になったヒスイが大きなため息をつくと、聖女は「やった〜! お願いね!」と無邪気に背を向けた。
チャックを無心で握ったヒスイだったが、当然の如く無心ではいられない。
は? なんでこいつこんなに無防備なん? 警戒心ないんか?
おそらくキスの先を知らないに違いない。考えれば考えるほどそうとしか思えない。
聖女の周りにいるのは神官と聖騎士。頑張って恋愛情報を仕入れてもキスが限度だったというわけだ。
「ヒスイ早くしてよ」
「ああ、うん、早くね。分かってるって。今計算してっから」
チャックを下ろすのに一体なんの計算が必要だというのか。
ヒスイはよくわからないことを口走りながらも一思いに下ろした。
チャックが下りたことを確認した聖女はお礼を言うとヒスイの目の前で普通に着替え出す。
こいつに振り回されるの納得いかねえ……。
ヒスイはため息をついて床に座り、これはもしかして自分が思っているよりも修羅の道なのではと頭を抱えた。
聖女の無邪気なスキンシップを、好きと自覚しながらスルーしなくてはならないのだ。
好きと言う気持ちを認めることは出来ても、爆発させることは許されない。そして聖女は火種を両手に持って振り回してくる。
俯いたまま渋い顔をしているヒスイに聖女は首を傾げながら近づく。
「どうしたの?」
「なんでもねーよ」
「ふーん。そう……ねぇヒスイキスしようよ」
でた。すぐこれなのだ。
とにかく火種を手放させないと、爆弾を抱えているヒスイが側にいることは出来ない。この調子だとすぐ爆発するだろう。
「ダメだ」
「なんでダメなの? 今日まだしてないじゃない」
「事情が変わったんだ」
今でも十分アウトな気がするが、盛り上がってそういうことになりにでもしたら確実に神から見放されるだろう。
流石に聖女を自分のものには出来ない。
曲がりなりにもヒスイは神官。超えてはならない一線くらいは分かっている。
ヒスイは目の前に迫ってきた聖女の口に手で蓋をして言う。
「あのなあ……いつまでも恋だとか言ってないでそろそろ聖女としてちゃんとしろよ。最悪、お前の行動一つで国が滅びるんだからな? 盟友としてやりたいことには付き合うから、そろそろ恋愛方面のは――」
ヒスイは『ええ! どうしてよ! なんでよ!』などと騒ぎ立てる聖女をどう宥めようかと思考を巡らせながら説教を始めたが、いつまでも反撃がこないことを不審に思い聖女の顔から手を退けた。
真剣な顔付きの聖女は息を飲むほど美しい。
「貴方、聖女なんて本当にいると思ってるの?」
聖女は絹のように滑らかなホワイトプラチナの髪を後ろへ流す。
ステンドガラス越しに夜光が差し込み、弛んだ長い髪を七色に照らしていた。
廃教会だというのに、聖女がいるその場所は周囲の空気が澄んでいるようで神秘的に見える。夜光に照らされた空中を舞う埃でさえも、まるで聖女を囲む精霊のようにキラキラとして見えた。
――いつものアホみたいな様子に忘れかけていたが、こいつは聖女。
真剣な顔をして語りかける様子は聖女だということを思い出すには十分で、いつもとのギャップにヒスイはどんな調子で応じたら良いのか分からなくなっていた。
聖女が前髪を指で横へ流す。
力強い眼光を放つその瞳は、聖女特有の七色に光る宝石のような瞳。
見る角度や光の差し加減によって何色にも見える不思議な宝石は、長いまつ毛の生える美しい二重まぶたに嵌め込まれ輝いていた。
「この目、綺麗でしょ。聖女特有の瞳と言われているけど違うよ。後付け」
聖女はゆっくり瞬きをすると、再びその煌めく瞳をヒスイへ向ける。
「私の目はあなたみたいな黒だった」
「……は?」
聖女が何を言っているのか分からない。だが、これは何か重大で一介の神官なんかが聞いてはならないことだということだけは分かった。
聖女のふっくらした血色のいい唇がゆっくりと動く。
「私聖女になったの。いや、ならされたの」
ヒスイの目が極限まで開かれる。
「……ちょ、ちょちょっと待て。どういう意味、むっ」
聖女は言葉を遮るようにヒスイの口を塞いだ。
聖女が膝立ちになっているので上から長い髪が簾のようにヒスイに降りかかる。
髪によって外界から閉ざされた空間で耳元に口を寄せた聖女が「聞きたい? 私の秘密」と囁いた。




