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「早くヒスイに会いたくて頑張っちゃった!」
「バッカ! 声がでけーんだよ!」
出会い頭に胸へと飛び込んできた聖女を軽くいなして、ヒスイは気配遮断魔法をかけた。
今の声が聞こえていたとしても、このアホっぽい声音が聖女の声だと気づく人はいないだろうが、危機感のなさにヒスイは大袈裟にため息をつく。
「お前って、昼間のあれは演技なわけ? 声まで違うじゃねーか」
「あら、ヒスイ見てたの!? やだ恥ずかしいじゃない!」
「俺は中央教会で働いている神官なんだからそりゃいるだろ」
「そうよね、気づかなくてごめんね」
聖女はそう言ってヒスイの頬に口を寄せる。ヒスイの体を解放すると抜け穴目指して歩き出した。
「私、視力があんまり良くないみたいなの」
なんでもないように放たれた聖女の言葉にヒスイの足が止まる。
ヒスイが止まったことに気づいた聖女はゆっくり振り返ると「こんなに綺麗なのにね。困った困った!」と言って両手で自分の瞳を指差す。
「……聖女って完全無欠体じゃねーんだな」
「全然違うよ〜って言いたいけど怪我とかは秒で治るよ。だから唯一の弱点だね」
「ふーん……で? それって俺みたいな一般神官が聞いても大丈夫な話なんだよな?」
「あははは! フツーにダメだと思う!」
聖女は歯を出して笑って軽やかなステップで進み出した。ヒスイも後を追う。
「お前! 少しずつ巻き込んでないか!? この前の天界の記憶がないことといい、弱点といい……」
「いいじゃないの! 私もヒスイの秘密知ってるんだから。大体、一方的に秘密を知っているだけなのは気に入らなかったの」
「全然いいから、俺は気に入ってるから。お前の秘密は重すぎるんだよ!!」
ヒスイが早口で捲し立てると、ちょうど抜け穴にたどり着いた聖女は上目遣いでヒスイを見つめる。
「好きな人に自分のこと知ってもらいたいって思うことの何がいけないの?」
聖女はなぜか威張ったようにツンと顎を突き出す。
イタズラを仕掛けた幼子のような笑みを浮かべてヒスイの反応をじっくり待っている。コテンと首を傾げて更に目を細めた。
好きと伝えることに慣れてきた聖女に反比例するように、ヒスイはいつの間にかどんどん好きと言われるのが苦手になっていた。
初めの頃のように受け流せない。何故なのかは分かっているが、こんな青春じみた胸のときめきを、ヒスイのようなクズ人間が真正面から受け止め切れるはずがない。
「な、だから! その好きは勘違いだって言ってんだろ」
あっと思ったがもう遅かった。
ヒスイの言葉を聞いた聖女は「はあ!? まだそんなこと思ってたの!? 勘違いなんかじゃない! なんで分かってくれないの!」」と激昂し出す。
聖女と目を合わせていられなくなって、ヒスイは先に穴を潜った。聖女もすぐに追ってくる。
「ねぇ聞いてるの!?」
「聞いてる聞いてる。悪かったって」ヒスイは足を止めずにそう答える。
真剣に謝るべきなのは分かっているが、この話を真面目にするわけにはいかなかった。
最後にはきっとこの間のようにヒスイの気持ちを聞いてくる。そうなった時うっかり本音を漏らしてしまう可能性がないとは言い切れない。
ヒスイは決めたのだ。聖女から手を引くと――。
この聖女との秘密の夜遊びも今日が最後のつもりだった。
ヒスイはまだ文句を言ってくる聖女の頭を乱雑に撫でて、ポケットに両手を突っ込んだ。
聖女は不貞腐れながらもヒスイの腕に自分の腕を絡める。
とにかく話題を逸らそうと、ヒスイは口を開く。
「なあ、どこ行きたい? 今日は何かしたいことあんの?」
「なあに? どう言う風の吹き回し? そんな手段で煽てようったってそうはいかないわよ」
「そんなんじゃねーよ。たまにはちゃんとお前のやりたいこと叶えてあげたくなっただけ」
ヒスイを見上げていた聖女の口がポカンと開かれる。
「明日雪が降るわ……」
「はっ倒すぞ」
「ふふ冗談よ。そうね、じゃあ――」
聖女は少し悩むとパッと顔を明るくして口を開いた。
「デートがしたいわ!」
「今してんだよ」
「えー!? これがぁ!?」
「男女が腕組んでお出かけしてんだろ。デートだよ」
思い描いていたえデートと違うと駄々をこねる聖女に、ヒスイはじゃあ何がデートなのか尋ねる。
「ほら、やっぱりロマンティックな感じよ!」
「ロマンティックねぇ……まあ確かにクラブとバーじゃ、デートしたことあるって言えねーか」
ヒスイは軽く咳払いをして人好きのする顔に整えると、聖女の手を取って口を開く。
「じゃあ聖女様、俺とデートしようか」
ヒスイは聖女の手にそっとキスを落す。
そのまま聖女を見上げると期待に満ち溢れ爛々とした目が飛び込んできてヒスイは思わず笑った。
*
結局辿り着いたのはジュスタンだった。
「ねえ!」
「ちげーよ! ちゃんと考えてあっから!!」
聖女の怪しんだ視線に構うことなくヒスイは目的地に向かう。
「まずはここだ」
「ドレス屋さん?」
繁華街のドレス屋。
いわゆる夜のお姉様方御用達の店だが、夜に開いている服屋なんてここ以外にはなかった。
ヒスイは淀みない足取りで店内へ入る。
「そう。服装選びに悩むのもデートの一環なんだよ。ってわけで悩みな」
聖女の背中を押して前へ放り出すと、聖女は「え!?」と戸惑って振り返る。
聖女の今の服装は足首まである紺のワンピースだ。
申し訳程度に十字架の装飾があるが最低限の華やかさである。
素材が良く品のある格好ではあるのだが、デートとなると自分が思う一番好きな格好をしてほしいとヒスイは思ったのだ。
「デートっていうのはオシャレしてするもんなんだよ。今くらい自由に選んだら?」
ヒスイの言葉を聞いた聖女の目が見開かれる。
「――ヒスイって私が本当にしたいこと、実は分かってるの?」
それはどういう意味なのか――ヒスイは聖女の真意を探るべく七色の瞳の奥を見据える。
聖女が聖女の役目を煙たがっているのはここまでの付き合いで分かっていた。
民のために満身する自由の無い身――天から遣わされた人外である聖女ならそれが当たり前だと思っていたが、目の前にいる聖女は人間よりもよっぽど人間らしく地上で生きている。
聖女が自由を欲しがっているのは容易に想像でき、だからこそヒスイは深く考えることなく自由にと発したのだが、急に真剣になった聖女の様子を見て言うべきではなかったと悟った。
ヒスイ想像よりもはるかに重く、聖女は自由に焦がれている。
聖女の求める自由が息抜きがしたいという意味の自由ではなった場合、ヒスイの手に負える願いではない。
ヒスイは聖女から目を逸らすと「いいからとっとと選んで着替えてこい」とあしらった。
「ねえ、ヒスイ! どうかしら?」
「……他のはねーの?」
「どう!? 大人っぽ〜い私は!」
「次」
「これいいんじゃない? 私の瞳にも見劣りしないわね!」
「うーん……」
ヒスイは次々に試着していく聖女を腕を組んで眺める。
何を着ても首を縦に降らないヒスイにとうとう聖女がしびれを切らした。
「ちょっとヒスイ! 私の自由にしていいって言ったくせに全然自由にさせてくれないじゃない! どういうことなのよ!!」
「いや、ちゃんと理由があんだって!」
軽い調子で自由という言葉を放つ聖女にホッとしながらヒスイは聖女が試着した三着を指差し「丈短すぎ! 体のラインで過ぎ! 背中が開き過ぎ!」と指摘していく。
夜のお姉様御用達の店なのだ、当たり前に露出が激しい。
露出の激しい女なんて何人も見てきたヒスイだったが、聖女となると話は別だった。
――くっそ、あーーー! めんどくせぇ感情!
結局ショールを羽織る事になった聖女は、口では文句を言いながらも嬉しさを隠しきれないようにニヤニヤと笑っていた。
「ねぇねぇ、なんで肩が出たら嫌だったの? ねぇなんで〜?」と何度もなんでを繰り返す聖女を無視して服一式の支払いを終えると、ヒスイたちは店の外へ出た。
「ねぇなんで〜〜?」
「お前ちょっと黙れ」
ヒスイは聖女の手を取って歩き出す。
自然に繋がれた手が、恋人繋ぎになっている事に機嫌を良くした聖女は「まあ、いいわ。それよりヒスイ! プレゼントしてくれてありがとう!」と満面の笑みでヒスイの顔を覗き込んできた。
好きと自覚してから見る聖女の屈託のない笑顔は想像以上にヒスイの心を揺らす。
ヒスイはぶっきらぼうに「おう」と答えながら聖女にバレぬよう口元を緩めた。




