第9話 ダンジョン工房
「なあ、ラピス! 作業台の水も出るぞ。水魔石がはまってる。大鍋の火も……付くぞ!」
「素材保管庫もあるわね。こっちは普通の保管庫で、中に氷冷庫もあるわ。こっちは時止めの保管庫……あら? 開かない?」
テティが背中を伸ばし、細く黒い手でノブを引くが扉はびくともしない。小さな手でカリカリ引っ掻く音だけが響く。
塔と同じ配置に扉だけはあるが、どういうわけか『時止めの保管庫』――【状態保存】機能が付いた保管庫だけはないようだ。
「必要最低限……ってこと? でも、まだ足りないかな」
ラピスの願いは、ダンジョンの謎を解き、ダンジョンを作る。
それは両片想いだった二人が背中を押してもらい、愛を叶えるのとは訳が違う。一朝一夕でできることではない。
「生活と寝泊まりできる部屋が欲しいし、素材も欲しいな」
どちらも願いを叶えるためには必須。
特に素材が欲しい。マギアバッグにある程度入っているが、素材は使えばなくなってしまうし、試行錯誤にはとにかく量が必要だ。
ラピスが希望を口にしてから数秒後。再びキラキラと光が舞い、何もなかった壁に扉が二つ出現した。
一つは見覚えのある扉だ。開けてみるとラピスが塔で寝泊まりしていた小部屋だった。
「すごい、塔の小部屋と同じだけど、キッチンが付いてる……! あ、お風呂も! トイレはここか」
ベッドにキッチン、いくつかの調理器具と小さな食料庫もあった。この食料庫は特になんの効果も付いていない。腐りやすいものや、冷やしておきたいものは、本当はいけないが素材保管庫に入れていたからだ。
重ねて言うが、本当は素材を食材を一緒に置くのはやってはいけない。誤食事故を防ぐためだが、そもそも毒や魔物素材がある場所に、食材を置きたい人間はあまりいない。が、ラピスはズボラなので、食材置き場の籠を作り、何も気にせず素材と同じ空間に置いていた。
食料庫開けてみると、ラピスがよく食べていた基本的な食材が入っていた。
「パンとハム、チーズ、セロリとトマト、紅茶もある!」
塩や砂糖、胡椒といった基本的な調味料もある。ラピスが常備していた食料の条件は、何もせずにそのまま食べられるものだ。調合中の鍋を見守りつつ片手で食べられるのが一番。
しかしテティが野菜も食べなさい! と言うので、仕方なく買うことにした野菜は、切ることすらせずに食べられるこの二つだった。
「やだ。この食料庫、ラピスの常備セットだけじゃない!」
「もっと肉とか魚とか、せめて小麦粉と卵、牛乳も欲しいよなぁ?」
黒と白の猫二匹は食料庫を覗き込み、不満げに言う。
「……ねえ、セティ? 保管庫って中身は入っていた?」
「え? 空っぽだったぞ。塔を出る時にラピスが根こそぎ持って来たからじゃねぇか? とりあえずパンと紅茶以外は、氷冷庫のいつもの籠に移動させるぜ!」
セティは移動させる食材を魔力で包み、尻尾で操り保管庫へ持っていった。
「ありがとう、セティ。……やっぱりか」
このダンジョンは、必要最低限のものは用意してくれる。だが、それ以上は自分で用意しろという方針らしい。
「となると、あっちの扉は……!」
ラピスは急いで小部屋を出ると、もう一つの見覚えない赤い扉を開けてみた。
広がっていたのは明るい森だ。
一面に白や青の花が咲き乱れ、あちこちに薬草も見える。陽光を受けキラキラ輝いているのは泉だ。水を飲む蝶や小鳥が集まり、流れ出た小川では魚が跳ねている。
「わぁ……!」
爽やかな風を感じる。
ラピスは期待を込めて足を一歩踏み出す。すると、さくっ。
柔らかな下草の感触が足裏から伝わってきた。
「やった! これで素材採取もできる!!」
最高だ、このダンジョン!
「テティ、セティ! ここ、外に繋がってる!」
でも、窓から外に顔を出すことすらできなかったのに、なぜこの扉からは出られたのだろう?
もしかして、ここはダンジョンの中なのか!?
ラピスは注意深く周囲を見回した。
見た感じ、木々は大岩があった辺りと同じものだと思う。こんなに豊富ではなかったが、花や薬草も近くで見かけたものが多い。
「あら! 気持ちのいい森ね!」
「テティ。ここってどこだと思う?」
ダンジョンは時たま、とんでもない場所に繋がっていることがある。
転移トラップを踏んだり、扉を開けて入ってみたら、海向こうの大陸に飛ばされてしまった例も聞く。
「そうねぇ……ここの森だと思うけど、切り取られている感じがするわ」
テティはクンクン鼻を鳴らし、土地の匂いと魔力を探る。
「ダンジョンの中……いや、ラピスだけが出られない結界で囲まれてんな、これ」
遅れてやって来たセティが言った。
使い魔二匹が言うには、ラピスを囲う結界は目視できる範囲よりも広そうだとのこと。ラピスは散策が楽しみだ! と喜びを噛みしめる。
「ふふ、ここ面白い……! でも、ダンジョンから出られたわけじゃなくてよかった!」
結界がなく、自由に出入りできてしまったら、『ダンジョンから出られないので王都には戻れません』の言い訳ができなくなるところだった。
「ねえ、ダンジョン! 素材採取先をもっと増やしてくれない? 欲しい素材はたくさんあるの!」
《…………》
《…………》
返事がない。考えているのか、遠慮なく要求する私に呆れているのか……?
《――お前の能力を見せよ。価値を認められたなら、望みを叶えよう》
「ありがとう」
ラピスは虚空に向かってそう言い笑う。
よし。これで塔での生活は心配なさそうだ。
「私の能力と価値か……それじゃ、まずは色々作ってみようかな。となれば、採取だ!」
ラピスは拳を天に向かって振り上げた。




