第8話 ラピスの願い
私の願い。
それはダンジョンの謎を解き、ダンジョンを作ること!
報告書通りなら、ダンジョンは人の意思を読む。
これで『願いを叶えるまで出られないダンジョン攻略』が始まるはずだ!
ラピスは何が始まるのだろう? ダンジョンを作るという願いを叶えさせるため、ダンジョンの意思はどんな工房を用意してくれるのだろう。ワクワク、ワクワクと、何かが起こるのを待つ。
――が、何も起こらない。
「あ、あれ? 口に出したがいいかな……」
「そうかもしれないわね? ラピス、ニヤニヤしてないで願いを言ってみなさいよ」
「そうそう。口にしたら話せるかもしんねぇぞ? ラピスはこのダンジョンの『意思』の正体も知りてぇんだろ?」
使い魔たちの呆れまじりの声に頷き、ラピスは声を張り上げる。
「私は願う! ダンジョンの謎を解き、ダンジョンを作ることを!」
《…………》
《…………》
「あの、駄目……?」
もしかして、ここは本当に『愛が叶うダンジョン』だったのか?
ラピスの見立ては間違いで、ラピスの願いは場違いなものだったのだろうか。だとしたらダンジョンに悪いことをした。
そう思った時、しばらく沈黙していたダンジョンの声が聞こえた。
《その願い、叶えてみせよ》
ダンジョンがそう言葉を発した瞬間、部屋がキラキラと輝き、部屋の中で渦を巻き始めた。
「すごい魔力よ!」
「魔術だぞ、これ!」
テティとセティが跳び上がり、ラピスの腕にしがみついた。
使い魔二匹は魔力で歪んでいく空間に、恐ろしさを感じたのかもしれない。
そして、渦巻き輝く魔力が消えると、そこは見慣れた塔の工房だった。
「……なんで!?」
つい先日、最後の調合をした大鍋に、調査依頼書を置いてきた机がある。それに錬金道具や調合機材が置かれた棚に、書棚も――。
「あれ?」
見慣れた書棚に本が一冊も入っていない。そういえば壁のスケジュール板はあるが、重ねて貼ってた依頼書が一枚もない。
「ラピス、森よ。ここは王都の塔じゃない」
いつの間にか窓辺にいたテティの声に、ラピスは振り向いた。
確かに窓から見える景色は森の中。しかも目の高さに見えるのは木の幹で、地面も見える。
ラピスの工房は『誓約の塔』の最上階にあった。しかしこの部屋があるのは地上。王都ではない。
「願いを叶えるために、使い慣れた工房を用意してくれたのか」
なんて気が利くダンジョンなのだろう。
そして、招き入れた人間の意思どころか、記憶まで読むとは……。
ラピスは期待以上のダンジョンに、胸をときめかせる。
「お、開いた」
いつもの窓辺に飛び乗ったセティが、おそるおそる窓に手を掛けた。
現れた建具や家具は、飾りではなくちゃんと機能するようだ。益々暮らしやすそうでいい。
さらにセティは、そーっと顔を半分外に出してみた。
「お? 顔が出せたぞ……?」
「あら? この塔、上もあるみたいね。外壁に沿って咲いていた藤の花まであるわ」
ラピスは二匹の言葉に目を瞬いた。
「他の階も模倣してくれたのかな。というか、外観も『誓約の塔』と同じなんだ!?」
ラピスたちが入ったのは大岩のダンジョンだったはずだ。
岩に彫刻された扉に触れ、その中に入ったと思っていたが……。
「ここ、あの岩の中じゃなくて別空間なのかな……?」
あの大岩は確かに大きかったが、塔と同じ広さがあったかというと疑問だ。空間が拡張されていると見たほうが自然だとラピスは思う。
「空間かぁ……」
ラピスの唇がニンマリと形を変える。
空間魔術はラピスの専門だ。ダンジョンには空間魔術が関係していると睨んでの専攻だが、幼かったラピスの予想は当たっていたようだ。
「なあなあ、これ、外にも出られるのか?」
「ちょっと出てみなさいよ、セティ」
うずうずと尻尾を振りつつ外を窺うセティに、耳を立て目を爛々とさせたテティが言う。
どうなるか分からなくて自分がやるのは少し怖いが、面白そうだからやってみてほしい! そういう顔だ。
「行ってみるぜっ!」
セティが意を決して窓から飛び出した。
ラピスも慌てて窓に駆け寄ると、ドスッという少し重い音がして、セティが地面に足をついたことが分かった。
「出られた! 戻ってみるぞ!」
そう言い跳ぶと、今度は窓際にタタン! 興奮から白い毛並みをブワッと膨らませたセティが戻ってきた。
「アタシたちは外に出られるみたいね、ラピス!」
「うん。嬉しい誤算かも」
言葉を話せる二匹が外に出られるのは助かる。緊急事態でも安心だ。
「てことは『願いを叶えるまで出られないダンジョン』のルールが適用されるのは私だけ……?」
ラピスは毎日見ていたものと同じ扉に手をかけ開けてみる。
すると、そこは大岩がある森だ。
「外と繋がってるのか」
塔ならここは、階段ホールに繋がっていた。
「外観は上もあるけど、中身は工房だけか」
中途半端だが、外観はあるのだ。
マギアバッグのように中身を広げることもできるかもしれない。
「研究のしがいがあるダンジョンだな! まずは検証……わ」
試しに足を扉の外に出してみたら、予想通りラピスの足はバチン! と何かに弾かれてしまった。見えない壁があってラピスは出られないようだ。
《願いを叶えなければ、外へは出られない》
「ダンジョンの声だ」
「アタシにも聞こえたわ。このダンジョンの条件は、ラピスだけに適用されているようね」
「オレたちはラピスのおまけ扱いってことか?」
ちなみにテティが試してみると、扉からも問題なく出入りできた。
ラピス以外の者は『出られないダンジョン』のルール適用外なのか、使い魔という人外ゆえに例外なのかまでは分からないが。
「なるほどね」
ラピスは見えない壁を見つめ、またニヤリと笑った。




