第7話 『境界』の町フィニス
新領主が来る? その言葉にラピスは、おや? と思った。
フィニスは小さな町だが、『境界』という特殊な場所。それ故に、確か王家の直轄地だったはずだ。
「あんたは魔術師か? 町長のところに行くなら案内できる奴を紹介するよ」
「私は錬金術師。ご親切にどうも。でも大丈夫、すぐにダンジョンへ向かうから」
話をしたがる住人にそう言うと、ラピスは報告書に書いてあった山のほうへ歩き出した。
「さっさと出てきて正解だったね。新領主なんて面倒そうだし」
背中からまだ住人の視線を感じる。ラピスは早々に街道をはずれ、森の中に入っていく。
「そうね。そもそも祝祭後じゃ、ラピスは王都を出られなかったでしょうしね」
「なぁ、ラピス。町長に会わなくて本当によかったのか? なんか情報貰えたかもしれねぇのに」
「いいの。会ったほうが面倒そうだし。情報はあの報告書だけで大丈夫」
「確かに、こういう小さな町は面倒そうよね」
「そっか。ラピスがいいならいいけどさっ、と」
テティとセティは飛び跳ねるような足取りで、草の感触を楽しみ、喋りながら歩く。
「王都ではそろそろ、置いてきた調査依頼書が見つかった頃かな? 新王陛下も不備のない書類は受理するしかないと思うけど……」
「とは思うけどさぁ。それで本当に『誓約』は大丈夫なのかよ?」
「そうよ。魔術契約を反故にしたら、代償を支払うことになるはずよ? それにそのダンジョン、出られなくなって閉じ込められても、本当に生活できるの?」
「さあね。でも、たぶんそっちも大丈夫」
二匹は心配するが、もしダンジョンが快適な生活を用意してくれていなくとも、ラピスはしばらく生活に問題ない程度の物資を持っている。
だがテティの言う通り、困った事態が起こらないとも限らない。
だからラピスがダンジョンに入った後、話の分かる人間を呼び寄せるため、机の上にサイン済みの『調査依頼書』を置いてきたのだ。もちろん塔も工房の鍵も開けてある。
人生思い描いたようにはいかないと、ラピスは基本調合液の件で学んだのだ。だから一応の保険は掛けてきた。
「ところで、テティ、セティ。ダンジョンの場所分かる?」
「やっぱりね。適当に歩いてるんじゃないかって思ってたわ」
「ったく、早く聞けよな」
二匹はヒゲをピンと張ると、ゆ~らゆら尻尾を揺らし、耳を立てて周囲を窺った。
「見つけたわ、あの森よ」
「その川上だ。ラピス」
指さしたのは、街道から外れた先――『境界』である岩山に繋がる森だ。
「いかにも魔力が溜まってダンジョンができそうな場所だね。それじゃ行こうか」
ラピスは呆れ顔のテティとセティにそう言った。
道中は見つけた珍しい薬草や、食べられる野草を採りながら歩いた。美しい川には魚や蟹、水草もあった。
そして――。
「あった。この大岩だ」
ラピスが見上げる岩は、背丈の五、六倍の高さがある大きな岩。報告書にあった通り、その表面には扉のような彫刻が見える。
「素敵な彫刻……」
「ちょっとラピス!」
「待て、ラピス!」
二匹が声を上げたが遅かった。
ラピスが指で彫刻に触れた途端、大岩が光りラピスの姿が森から消えた。
「あれ。ここ、ダンジョン?」
気がつくと、ラピスは何もない小さな部屋の中にいた。
床に壁、天井まで真っ白で、家具どころか窓も扉も何もない空間だ。
「だから言ったのに」
「もし妙なトラップがあったらどうするつもりだったんだよ、ラピス!」
テティとセティはそう言いながら、ラピスを守るように足下にぴったりとくっつき、ヒゲを前に向けて周囲を窺う。
「あはは、ごめん。でも発見者たちは問題なく中に入ったみたいだったし――」
《何を願い、叶えるか》
ラピスと二匹はハッと上を向いた。
どこからともなく、声が聞こえてきたのだ。
「報告書にあった声か」
ラピスは瞳を輝かせ、声の在処を見回し探す。
「誰もいないわ」
「こりゃ、『ダンジョンの声』だなぁ」
ダンジョンの声。それは時たまダンジョン内で響くことがあるという声のこと。
その報告事例は多くないが、声の他に文書が落ちてきたり、壁に文字が刻まれたりする例もあるとか。
大抵がダンジョン攻略の条件を知らせるものらしいが、中には読めない文字もあり、運悪く遭遇した者は苦戦することになる。
だが不思議なことに、声の場合は必ず通じる言葉で話すという。
《何を願い、叶えるか》
もう一度、同じ声が聞こえた。
「これだ……!」
ラピスは頬を上気させ、益々目を輝かせ呟いた。
国内だけでなく、世界にはいくつものダンジョンが存在している。
ダンジョンには魔物が出るが、魔力を豊富に含んだ素材を採取できる優良な採取場でもある。ダンジョンがあれば近くの街には人が集まり、商業活動が活発になり、大きな街道も引かれる。
国の発展に繋がり、民の生活も潤す。危険ではあるが貴重な資源。それがダンジョンだ。
ダンジョンは総じて魔力の濃い場所にある。ここと同じように、ある日突然出現する例もある。
しかし、ダンジョンは謎だらけだ。
いつから存在するのか、なんのために存在するのか、または何のために作られたのか。
その謎はまだ、解明されていない。
ラピスは、ダンジョンは作れると思っている。
現在、自然発生説が有力だが、それだけでは説明がつかないダンジョンが存在する。
ここのように、設定された条件を声や文書で知らせるダンジョンだ。
自然発生だとして、周囲の環境により何らかの条件が存在するのは理解できる。たとえば火山にあるダンジョンに入るには熱対策が必要だとか、水中ダンジョンは呼吸を確保しなければ入れないなどだ。
だが、ここはどうだろう。
《何を願い、叶えるか》
《それを叶えたならば解放しよう》
ダンジョンを生み出したものが、自然界に存在する魔力だけだったなら、このような条件付けをするだろうか?
《何を願い、叶えるか》
《それを叶えたならば解放しよう》
人に問いかけ、解放の条件を設定させる。
そしてその条件をクリアしたならダンジョンから解放する。しかもこのダンジョンは、願いを叶えるまでのサポートまでするのだ。
「やっぱり、何らかの意思を感じる」
ラピスは呟き、ニヤリと笑う。
私の願い。
それはダンジョンの謎を解き、ダンジョンを作ること!
報告書通りなら、ダンジョンは人の意思を読む。
これで『願いを叶えるまで出られないダンジョン攻略』が始まるはずだ!!




