第6話 いざ、出られないダンジョンへ!
「でも、一応用心はしておこうかな」
そう言うとラピスは、自作の『収納鞄』を引っ張りだして、工房中の物を放り込んでいった。
錬金道具から素材、ラピスが錬成した道具に。代々の誓約の錬金術師が収めた本、ノートまで。ありとあらゆるものを収納する。
それからラピスが生活するための、日用品や衣類、食料なんかも忘れてはいけない。
このバッグ。見た目は斜めがけの小ぶりな鞄だ。
しかしその容量はとにかく多い。
ラピスの専門はダンジョン研究。
ダンジョンは、魔術分類でいうと空間魔術に分類されている。このマギアバッグも空間魔術を使って錬成した物だ。
いつかダンジョンの謎を解き、自分の手でダンジョンを作りたい。そのためには空間魔術を極めなければ! そう思ったラピスが試行錯誤で拡張した特製だ。
「買い物したまま収納しといてよかった!」
このマギアバッグはラピスの自作で、休日の買い出しに使っていた。これには【状態保存】の効果が付与されているので、中に入れておけば腐ることがない。
だから毎週買い出しに来られるか分からないラピスは、毎回、食料から何から多めに買って、この中に溜め込んでいたのだ。それから劣化しては困る素材も入れてある。
数年前に採取した氷、日光に当たると変色してしまう糸、時間経過で魔力が消滅してしまう石。枯れては困る貴重な花も入っている。入っていないのは、動物や昆虫といった生き物だけだ。
「ズボラも役立つのね」
「そんなもんだ」
手当たり次第に物を詰め込んでいくラピスを眺め、黒と白の二匹が呆れまじりに呟いた。
◆
「テティ、セティ、行こうか」
塔の中身をほとんど空にしたラピスは、バッグを斜めがけにしてローブを羽織り直す。
「ラピス、今から行くの? 場所は分かるの?」
「大丈夫。たぶん乗合馬車が出てる」
「今日の街は人でごった返してるぞ? 乗れんのか?」
「平気、平気。新王戴冠式の祝祭だよ? 王都に来る人は多くても、今日、王都を出ていく人は少ないはず。空いてるよ」
無計画だが、無謀ではなさそうだ。
「ほら、行くよ。乗るでしょ?」
ラピスは二匹を両肩に乗せると、机の上にサイン済みの『愛が叶うダンジョン』の調査依頼書を残し、塔を後にした。
◆
『愛が叶うダンジョン』があるというフィニスは、王都から馬車で四、五日かかる。
ラピスの専門、空間魔術に転移の魔術はあるが、あらかじめ目的地の座標を設定しておかなければ飛べない。転移の魔道具も同じだ。
初めて行く場所だけは、辛抱して旅をするしかない。だがラピスの予想通り、祝祭の今、王都に来る者は多くとも出ていく者は少なく、馬車には無事乗ることができた。便数が減っていたのでギリギリではあったが。
旅は悪くなかった。馬車も途中の宿も空いていたし、特に食にこだわりのないラピスには、立ち寄る街の名物や田舎料理も美味しくいただけた。
これが一般的な貴族令嬢だったら厳しい旅と感じただろう。ラピスは寝食を疎かにすることに慣れているし、細かいことは気にしない性格でよかったと思った。
「着いた……! ここがフィニスか」
降りたのは街の入口……雰囲気は村と言ってもいい。
馬車はラピスと猫たちだけを降ろし、さっさと出発していった。
あの馬車の行き先は、川を下ったところにある港町だ。確かにここに用のある者は少ないだろうな。ラピスはそう思う。
連なる山々に囲まれた小さな街。見えるものは緑の牧草地でくつろぐ羊や山羊の姿。幾筋もの川、畑。その周囲には水車が回っている。
このメテオリテ王国には、こんなふうに山に囲まれた街がいくつかある。実は王都も、規模は大きいが似たような地形だ。素晴らしい天然の要塞だなんて言われているが、それは平地も広い王都だから言えること。
小さな盆地であるここでは、街は小さくまとまり、牧草地が広がる緩やかな斜面にも多くの民家が見える。
「いいところね。アタシ、王都より好きよ」
「オレも! ここ、魔力が多くて気持ちいいな」
テティはラピスの肩に乗り遠くを眺め、セティはラピスの足下で草を踏みしめてご機嫌だ。
自然豊かな場所には精霊が集い、土地の魔力が高まるという。
それに、ここフィリスは『境界』の街だ。街道とは逆側にある、山の向こうは魔の領域。土地の魔力が濃く、魔物が多く生息している。
その影響で、こちら側も魔力が豊富なのだ。この辺りはいい薬草の産地でもある。
「私も好き。いいところだね」
「――なあ、あんた。王都から来たのか?」
明らかによそ者の装いのラピスを訝しんだのか、街の住人が声をかけてきた。
ラピスのローブは、宮廷錬金術師と同デザインで色違いのもの。王都から離れた田舎では見慣れず、怪しまれても仕方ない。まあ、宮廷錬金術師だと知られても、ラピスの存在を知らず、色が違う偽物だと思われても面倒なのだが。
ラピスはちょっと考え、にこやかに頷く。
「ええ。王都から調査で来たんだ」
「町長が依頼したやつか! 随分早かったね。新しい領主様は一緒じゃないのかい?」
「私だけだよ。早いほうがいいと思って急いで来たんだ」
新領主が来る? その言葉にラピスは、おや? と思った。




