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第3話 初代アストルム家当主の誓い

「ちょっ、ラピス! せっかく日向ぼっこでふわふわにしたのに!」

「やめっ、やめろっていつも言ってるだろ!? どうしてラピスはいっつもオレたちを吸うんだよ!?」


「いい匂いだし、フワフワで癒やされるの。お願い。癒やしをちょうだい。私の使い魔でしょう?」


 テティの黒い毛並みはツヤツヤで頬ずりしたくなる滑らかさだし、セティの柔らかな白い長毛の体はモフモフで顔だけでなく指を埋めたくなる。

 それに日向ぼっこしたての二匹の匂いは、甘いメープルシロップのような香りがして幸せしか感じないのだ。抗えるはずがない。


「アタシたち使い魔がアナタに与えるのは魔力だけ!」

「逆に癒やしの代償に、オレたちに魔力を支払ってほしいくらいだぞ!」


「今は魔力の支払いは勘弁して。今度まとめて支払う……」


 幼い頃に召喚し、ラピスと共に育ったこの二匹は、魔力を共有できる存在で、ラピスの手助けをしてくれる相棒で、大切な友人だ。 


「まったく……好きなだけ吸いなさい」

「ほら、魔力も分けてやるよ。酷い顔だなぁ」


 気高い女王様のようなテティが黒い腹を見せ寝転がり、小言を言いつつ可愛がる兄のようなセティは、少し太い前脚をラピスの目もとに押しつけ、魔力を送って黒い隈を消してやる。

 

「あら。そろそろ始まるようね」

 

 黒猫――テティが金色の瞳を細め、空を見つめて言った直後。

 パン! パパパン、パン! 乾いた音が響き、小さな窓硝子を揺らした。花火だ。 


「なかなかの歓声だな! ん、いい匂いもする」


 白猫――セティは水色の瞳を輝かせ、前脚で器用に窓を開けてヒゲをそよがせた。

 この花火。これが()()()の正体だ。

 

「戴冠式のパレードか。新しい王は私の研究に理解を示してくれればいいけど……」


 ラピスは賑わう城下の様子を窓から見つめ、うんざりした声で呟く。


「どうかしら」

「期待はすんなよ」


 二匹は耳と尻尾を立てて、窓から身を乗り出しそんなことを言った。

 夢を見ない現実的な使い魔だ。夢のような存在のくせになぁ。ラピスはそんなふうに思う。


 開いた窓からラッパの音が聞こえ、再び花火が上がる。

 ラピスは髪を束ねていたリボンを解き、心地よい風を感じながら机に座った。だが、口から零れたのは、全く心地よくないこんな言葉だ。

 

「はぁ……辞めたい」

 

「やあね、ラピスったら。誓約を忘れたの?」


 黒猫のテティはそう言うと、出窓からトンと飛び降りて、机を伝い歩きラピスの側へ。白猫のセティはトットット、と床を小走りで近寄ると、ピョン! とラピスの肩に乗った。


 見た目は猫でも、精霊に近いからかほとんど体重を感じない。助かる。


「ラピス。誓約に背くことはできねぇって、知ってるだろ?」

「セティ……うん、今はよく知ってる」


 塔に入ってすぐ。

 家でも見たことのなかった錬金術師の書物や、手書きの研究書に目を奪われ読み込んだ。長い歴史の中に埋もれたレシピ、忘れられた技術、知識。ラピスは寝食を忘れて塔の書物を貪り読んだ。


 その中には、初代アストルム家当主と建国の女王。二人の『誓約』について書かれた書物もあった。

 

 錬金術師であったアストルム家当主が、〝天から星が降る日まで、決して命に背かずお仕えする〟と女王に誓った。


 その言葉の意味はよくわからないが、初代はロマンチストだったのかもしれないし、永遠だと言いたかったのかもしれない。星が降ることなどないのだから、それはもう永遠だ。

 

 そしてこれは単なる口約束でも、書類の契約でもなく、魔術によって結ばれた固い誓約だった。


 以降、『誓約の錬金術師』の名を持つ錬金術師は、代々国王に直接仕えている。

 

「そこまでの誓約だったなんて、ここに入ってから知ったよ」


 誓いの詳細については、名を継承する者以外には伏せられていたのだ。

 とはいえ迂闊だった。それに今思えば、ラピスは若かった。


 錬金術師のためにあるようなアストルム家では、したい研究を妨げられることなどあり得ない。

 

 〝錬金術師は自由であるべきだ。自由を糧に、新たなものが創造される〟


 初代アストルム家当主の言葉だ。

 だからまさか誓約のせいで、錬金術師(ラピス)の研究ができないなんて思いもよらなかった。


 しかし、それも今日で変わる……かもしれない。「皆のために基本素材を作れ」と命じた王が代替わりするのだ。


 ――トトトン。


 この適当なノックの仕方。いつも来る国王付きの文官だ。

 先程の文官よりも厄介な相手だ。


「どうぞ。入って」

錬金術師(マギ)・アストルム。国王陛下からの書状をお持ちしました」

「ありがとう」


 まだ若い文官は、塔持ちの錬金術師であるラピスに一応の敬意を見せ『マギ』と呼び、『お持ちしました』と敬語で喋る。が、愛想なくぶっきらぼうに文書を手渡す姿勢を見れば、ラピスに敬意を持っていないのは明らかだ。


 どうせこの文官も、あちこちで囁かれているように、ラピスのことを魔女呼ばわりし、「誓約の錬金術師は王に仕えると言いつつ、いつも自分本位だ」「王や国のために働く官吏(我々)とは相容れない」そう、理解できない異物と見ているのだろう。


「陛下から『誓約の錬金術師』へのお言葉です」

 

 新王からの初めての書状だ。

 挨拶状か、召喚状か、それとも命令書か。戴冠式に合わせて送ってくるとは、なかなかやる気のある王ではないか。ラピスはそんなふうに思い、期待を込めて書状を開く。


『錬金術師アストルムに、基本調合液、他、求められる基本素材の作成を命じる。』


「……なるほど。承知しました」


 悔しい。ラピスは目を伏せて唇を噛む。

 新王も変わらなかった。


〝天から星が降る日まで、決して(めい)に背かずお仕えする〟

 

『誓約の錬金術師』は、代々王に仕えると誓っただけではない。命に背かず、の文言も入っていた。

 ラピスにとって王命は、魔術で縛られた絶対のもの。背くことは許されない。

 

「宮仕えって嫌よね」

「アストルムの誓約の錬金術師はそういうもんだ」


 黒と白の二匹が小声で言い、ラピスを慰めるようにスリッと体を擦りつける。


「それからこちらも。いつものあなたの()()()のご報告です」


 文官はフンと鼻で笑い手渡し、ラピスはにっこり微笑み受け取った。


「ご苦労様です。いつも私の()()のために骨を折ってくださり助かります……ん? 『愛が叶うダンジョン』? なんだそれ」


 思わずそんな声が出た。

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