表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/14

第2話 ラピスの塔の工房生活

「はぁ。まあいいや、これ作っちゃわないと」


 窓を閉め切った工房で、ラピスは再び大鍋をかき混ぜ始めた。


「まったく。すでに依頼は手一杯だって理解しているだろうに」


 この依頼も、先程の文官たちから押しつけられたようなもの。それなのに彼らは、まだラピスに奉仕させようとする。


「まぁ、調合自体は嫌いじゃないからいいけど……」


 そう呟きながらラピスがかき混ぜるのは、ドロリとした青緑の液体だ。

 混ぜ棒が重くなってきたところで、ラピスは壁のスケジュール板をチラリと確認する。

 貼られた何十枚もの依頼書には、一枚を除き『済み』と書かれている。


「よし、これで最後だ……!」

 

 この鍋が仕上がれば今週の仕事は終わる。()()()により納期が早まったが間に合いそうだ。


 しかしまだ気を抜いてはいけない。仕上がるまでは集中しなければ。ラピスは混ぜ棒を握る腕に一層力をこめる。


 『自動かき混ぜ棒』もあるが、これはラピス自身でなくてはならない。

 この調合は仕上げが肝心。錬金術師の勘でタイミングを見計らい、最後に魔力をぶち込むのだ。

 

 調合中の液体をぐるぐる混ぜ続け、その色が青緑から深緑になり、いよいよ黒に変化し、艶が出てきたその瞬間。

 

「今だ」


 ラピスは大鍋の中に魔力を流す。

 すると黒光りしていた液体が、透き通り輝くエメラルドグリーンに色を変えた。

 混ぜ棒を引き上げると、先程までの粘つきが嘘のよう。サラサラに変化している。


「うん。成功」


 キラキラ輝くこの液体は、ラピスが改良した『基本調合液』だ。

 これを使えば新人錬金術師でも、失敗せずに高品質の薬や魔道具を作ることができる。『万能液』とも呼ばれる、今や術師必須の代物だ。

 

「うふ。綺麗」

 

 鍋を覗き込み、ラピスはニンマリ笑う。

 

 ――これだ。この瞬間がたまらない。

 

 基本調合液の材料は、もとは森に生える薬草や鉱石、澄んだ泉の水。


 薬草をナイフや薬研(やげん)で刻み、乳鉢ですり潰す。鉱石はハンマーで砕いたり、釜で溶かしたりもする。水は熱して蒸留装置で不純物を取り除き、しかし逆に冷やすこともある。


 下準備をしたらまずは仮定をもとに実験だ。フラスコで熱し、ビーカーを使って混ぜる。何本もの試験管に移し替え、試薬を使って出来映えを確認する。

 狙い通りの反応が出たなら成功だ。


 『錬金術』という、魔力を使い物質を作り変える技術。

 極めれば、無から有を生み出すことも可能だとされるのが『錬金術』

 

 ああ。新たなものを作り出す、この快感が本当にたまらない!


「錬金術師になってよかった……けど、まぁ、同じものばかり作るのは飽きるな」


 塔に工房を持つ宮廷錬金術師となったが、その毎日は正直期待外れだった。

 期待していたのは、宮廷錬金術師塔に蓄積された知識や技術、豊富な素材を使っての研究三昧、素材使い放題の毎日だ。

 

 しかし、現実は違っていた。


 ラピスが自身の研究のために開発した基本調合液や、その他の基本素材が、宮廷の術師たちに高評価を得たことから誤算が始まった。


 評価を受けたのはいい。素直に嬉しかったし、きっと欲しかった研究素材や、文献探しが有利に進むだろうと期待した。


 だが、ラピスが作り出した基本素材のせいで、好きな研究や調合はほとんどできなくなってしまった。

 

 特にこの基本調合液は、五つの錬金術師塔だけでなく、魔道具を作る魔導具師、魔術を開発する魔術師からも必須素材として引っ張りだこ。

 どこからも『作業が楽になった』と重宝されるがゆえに、開発者のラピスだけは忙しくなり、研究もできなくなった。

 

 もちろんラピスは抗議した。

 抗議したが、「皆のために基本素材を作ることは、『誓約の錬金術師』が仕える王のためでもある」と王に言われたらやるしかない。


 それが、()()()()()()()()()()()()()()なのだ。


 とても不満だが仕方がない。今だけだ。五年前のラピスはそう思った。

 なぜなら基本素材のレシピをすぐに公開したからだ。

 

 普通は開発したレシピをこんなに早くは公開しない。レシピは術師の財産であり、価値でもある。


 だがラピスが本当に作りたいものは、基本調合液ではない。基本調合液はただの通過点。ラピス自身が作れなくなったり、使えなくなるのでなければ公開し、共有しても構わなかったのだ。

 

 レシピを公開したんだ、すぐに自分以外の者にも作れるようになる。

 ラピスはそう思ったが……なぜか誰も基本調合液を作らなかった。正確には、作り続けなかった、だ。

 

 皆、宮廷に仕える優秀な術師だ。レシピ通りに仕上げることはできるが、作るには手間がかかるし魔力も消費する。それに基本調合液の調合は、彼らにとっては面倒だった。


 手順のタイミングを一つでも見誤れば台無しに。仕事を楽にし、品質を上げるためのもののはずが、逆にそれを作ることが負担になってしまう。


 本末転倒だ! となり、皆は負担を減らすため、「レシピを共有してもらうのは申し訳ない。調合は開発者にお任せしたい」と、王に働きかけラピスへの外注に成功したのだ。


「ほんと、ふざけてる」

 

 ラピスは溜息を漏らした。

 この五年。自らの手で何かを作り出す喜びだけを糧に踏ん張ってきた。しかし、何事にも限度があるし、ご褒美がなければやってられない。

 

「この納品を終えれば連休……待ちに待ったご褒美タイムだ!」


 こんな機会は滅多にない。というか、宮廷錬金術師になって初めてだ。


 十日に一度程度の休日ごとに、自身の研究をしてきたがいつも時間が足りない。ほぼ塔に泊まり込んでいるうえ、生活用品や食料の買い出しもしなくてはならないので、研究は細切れで全く満足できなかった。


「でも、今週は三日ある……! やってやる……ずーっとやりたかった『人工ダンジョン』の記念すべき第百回の錬成実験をしてやるんだ! できれば素材採取にも行きたいし……裏の森でもいい、たまには自分の手で素材を集めたい……もう、しばらく基本調合液は作りたくない!!」


 ラピスは溜めまくった鬱憤と欲望を口にして、両手を振り上げる。


「いいわね、素材採取。アタシもたまには森を散歩したいわ」

「オレは裏の森以外の場所に行きてぇけど、まぁ、三日程度の休みじゃ仕方ねぇか」


 ラピスはいつの間にか窓辺に戻り、くつろいでいるテティとセティを振り向いた。


「森か……いいね、癒やされそう。でもその前に……」


 ラピスは窓辺の二匹に手を伸ばす。

 そして二匹まとめて抱きしめて、すうぅ! と吸った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ