第1話 誓約の錬金術師ラピス・アストルム
《何を願い、叶えるか》
大きな岩があるだけの森の中。
どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
「『ダンジョンの声』か……!」
ラピスは瞳を輝かせ、その声に耳を澄ます。
使い魔の猫たちは、耳と尻尾を下げ警戒を強めている。
《何を願い、叶えるか》
《それを叶えたならば解放しよう》
「私の願いはダンジョンの謎を解き、ダンジョンを作ること! さあ、ダンジョンよ! 私を捕らえなさい!!」
パァッと目の前の大岩が光った。
噂通りなら、これで『願いを叶えるまで出られないダンジョン攻略』が始まるはずだ!
――ああ、今日からもう宮廷錬金術師の仕事をしないと思ったら、本当に清々した!
仕事に追われて好きな採取にも行けず、自分の研究もまともにできないなんて、錬金術師として死んでるようなもの。やってられない!
「私はここで、楽しい採取と研究三昧の理想の生活を送ってやる……!」
元宮廷錬金術師ラピスは期待に胸を膨らませ、光に飲まれていった――。
◆◆◆
雲一つない青空の下、風が揺らすのは陽光に輝く新緑。王宮の白い壁には、若葉や薄紅色の花弁がうっすら映り込む。
しかし、その王城の一角。
青空も、そよ風も、瑞々しい青葉と甘い花の香りを感じることもない、ここ錬金術師塔。
六つの塔からなる砦のような建物。その中庭には、一際目立つ塔がある。
紫色の藤が壁を覆うように咲き誇る、最古の塔。『誓約の塔』だ。
窓辺に黒猫が佇む、その塔の主はラピス・アストルム。
出自は一応、貴族令嬢の二十四歳。
五年前、十代で『誓約の錬金術師』の名を継いだ宮廷錬金術師だが――。
「また無茶な依頼ね。『死の呪い』が掛かったものと引き換えならやってもいいよ?」
ラピスは大鍋をかき混ぜながら、お決まりの言葉を口にした。
言われた文官は頬を引きつらせボソリと吐き捨てる。
「出た。誓約の塔の魔女……」
「魔女じゃなくて、私は錬金術師!」
「そうは言いますが……」
文官が何か言いたげな顔で、大鍋を混ぜるラピスをチラリと見た。
だがラピスは素知らぬふりで鍋を混ぜ続ける。
数秒、鍋がぐつぐつ煮える音だけが聞こえ、文官は小さな溜息を吐いた。
「出直して参ります……」
「あ、待って」
立ち去ろうとした文官をラピスが呼び止めた。
文官はパッと顔を輝かせたが、続く言葉に再び顔を引きつらせた。
「『死の呪い』が難しかったら、『呪いの魔剣』とか『聖人の心臓』とかでも――」
「失礼いたします」
それだけ言うと、文官は逃げるように去って行った。
「まったく。何から何まで失礼な」
ラピスは塔に響く階段を駆け下りていく音を聞き呟く。
「もう。ラピスの言い方が悪いのよ」
「あれじゃ魔女って言われても仕方ないって」
「テティ。セティ」
その声に、ラピスは後ろの窓を振り向いた。
そこにいたのは、前脚を揃えて座る二匹の猫だ。
「テティ、セティ」
この黒猫と白猫はただの猫ではない。種族的には精霊である、ラピスの使い魔だ。
「呪われたものを欲しがるなんて、御伽噺の魔女そのものじゃない。アタシがあの文官でも怖がると思うわ」
「他の人間はオレたちとは違うんだぜ? ちゃんと説明すりゃいいのにさ、なんで言わないんだよ? ラピス」
『アタシ』と言ったテティは、黒い毛並みと細身でしなやかなシルエットが美しい黒猫だ。
『オレ』と言ったセティは、テティとは違う長毛種の白猫だ。少し大きな体と、全身のもふもふが堪らない。
「最初はちゃんと説明したよ。でも、『強い呪いはダンジョンの優秀な核になる』と言ったら、何の話をしてるんだ? ってふざけてると思われて結局、話を聞いてもらえないんだよ」
「まぁ、そうね?」
「ダンジョンを作ろうだなんて、普通は思わねぇからなぁ?」
二匹が梟かというくらいに首を傾げて言う。
「はー……そこが本当に不思議。どうして皆、安全なダンジョンを作ろうとか、管理しようと思わないんだろうね?」
今度はラピスがコテリと首を傾げた。
「ダンジョンは大昔から存在しているのよ? あんなもの、人の手で作ったり管理したりできると思うほうがおかしいわ」
「ダンジョンは危険で普通だろ。代償を支払って対価を得る。錬金術だってそういうものだろ? ラピス」
「惜しいね、セティ。錬金術は安価なものから高価な黄金を作り出そうとしたのが始まりだよ? その代償と対価は等価とは限らない」
ラピスは適当にまとめた長い銀髪を掻き上げ、瑠璃色の瞳を細めてニヤリと笑う。
白い肌……は通り越した青白い顔。隈が滲む目元にヨレヨレになった特注のローブ。
これが、メテオリテ王国宮廷の二大『関わりたくない人物』の一人、『誓約の錬金術師』ラピス・アストルム。
錬金術師としては優秀。天才と言われるが、その魔力の多さと錬金術師としてのセンス、力量からか、人とは何かが少しズレている。
加えて生来の出不精な性分に、多忙で塔からほとんど出ない生活。そのせいで友人は極端に少なく、この宮廷に友人と呼べるほど付き合いのある人物はいない。
遙かな夢は、ダンジョンの謎を解き明かし、ダンジョンを己の手で作ること。
直近の夢は、ダンジョン核に使えると考えられる(※ラピス調べ)『死の呪い』を持つものを手に入れることだ。
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