第17話 ダンジョンは説明する
バチン! ダンジョンはリュカの手を弾いた。
「おい、何をする」
リュカが眉を寄せて言う。
「私ではありません。ダンジョンです」
「ダンジョン? そもそもだ。誓約の錬金術師殿、あなたはここで何をしている? なぜ、誓約の塔がここにあるのか」
なんだかリュカを怒らせてしまったらしい。
ラピスは困ったなと肩に乗るテティをチラリと見るが、テティは「自分でなんとかしなさい!」と言わんばかりにそっぽを向く。
いつもの文官以外とこんなに話すのは久しぶりだ。
ラピスは自身が口下手なのだろうと思っている。長く話せば話すほど、人を怒らせたり呆れさせたりしてしまう。ラピスは正直に話しているのに、なぜか上手くいかないことが多いのだ。
「……はぁ。いいですか、王弟殿下。私はありのままをお話します」
「ああ。話してくれ」
「私は報告のあったダンジョンの調査に来ただけ。ちゃんと調査依頼書にサインして受諾した仕事ですよ。ご存知でしょう。塔に関しては、私には分かりません」
「分からない?」
おそらくラピスの願いを叶えさせるため、ダンジョンが用意したのだろうとは思うが、真相は分からない。嘘ではない。
「ここはどう見ても、誓約の塔だが……」
「あ、あの、領主様! 誓約の塔とはなんなのでしょう? こちらには大岩に出来た『愛が叶うダンジョン』があったはずなのです……!」
リュカの後ろから男が口を挟んだ。
背伸びでラピスが覗くと、少しサイズの合わない、かしこまった服を着た中年男性がいた。滅多に着ない一張羅か?
「町長。本当にここには例のダンジョンが?」
「はい! 調査依頼書をお送りした、そのダンジョンです! ですが、こんな塔ではありませんでした! それに、ま、魔女とは一体……この魔女がダンジョンの主なのですか? とうとう『境界』が山を越えてしまったというのでしょうか!?」
「だから魔女じゃなくて、錬金術師だよ」
面倒で会わない選択をした町長だったか。
ラピスは面倒がるのはよくなかったか……と、自身の選択を少々悔やむ。
リュカだけでも面倒なのに、町長まで来た。
面倒が重なってしまった。
「はぁ……」
ラピスは溜息を漏らす。
煩わしいことなく、ただダンジョンの研究がしたくて囚われに来たというのに、と。
「溜息を吐きたいのはこちらだ、誓約の錬金術師殿。領地に赴任して早々の問題だぞ。ともかく一度落ち着いて話をしたい。塔に入れてくれるな?」
「いえ、それはできません」
「は?」
リュカが片目をすがめた。やはり怒らせてしまったかとラピスは内心で溜息を吐く。
「では、あなたに町まで来てもらおうか。これがダンジョンだと言うのなら、俺も調査に入る」
「それもできません。あ、私が町に行くことと、あなたが調査に入ることの両方です。塔には私以外は入れない」
「……は?」
低い声。さらに怒らせてしまったようだ。
「もう、ラピスは言い方がよくないのよ!」
「あのさ、王弟殿下? ラピスは嘘吐きじゃねぇし、アンタを怒らせるつもりもないんだ」
テティとセティがラピスを庇い、リュカにそう言う。
猫が喋った……!? と、町長が驚き顔を青ざめさせている。魔物と勘違いしたのだろう。
「にゃ~! ラピス~! にゃあにゃあ~!!」
「え、メメルル?」
ラピスは開けっ放し、待たせっぱなしだった赤い扉を振り返る。
「大丈夫にゃか~? オババが突撃しそうにゃ~!」
「突撃!? それは無理! オババ様が怪我をするかもしれない」
ラピスがメメルルの声にそう答えると、やり取りを聞いた町長はギョッとした顔をして、リュカはさらに険しい表情になる。
「突撃!? この魔女め! やはり魔物をけしかける気か!」
「おい。お前の他にも誰かいるじゃないか、誓約の錬金術師殿」
メメルルの言葉で場の混乱が深まってしまった。
テティとセティは無言で呆れた顔を見せ、ラピスは大きく「はぁ~っ」と溜息を吐く。
「あ~……ダンジョン!! 殿下と町長に説明してあげて! ずっと見てたんでしょう!?」
ラピスが声を張り上げた。
ラピスが話せば話すほど、なぜか混乱していく。ここはもう、公平な立場? のダンジョンの声にすがるのがいい。そう思ったのだ。
丸投げとも言うが。
《…………》
「ちょっと。何だんまり決め込んでるの? ダンジョンの仕様説明くらい自分でしなさいよ!」
《…………》
無言だ。ダンジョンは説明をする気などないらしい。
「はぁ。仕方ない……」
ラピスは杖を手に取ると、バッグから一枚の紙を取り出した。そして小さな声で呪文を唱え、頭上でクルリと回す。
すると、キラキラと小さな光りが杖の先端に集まり、ラピスはその光りを紙に押し当てた。
「文字が……」
リュカが驚いた顔で呟く。
ラピスが取り出した白紙の紙に、一瞬で文字が浮かび上がったからだ。
「王弟殿下。町長。それを読んで。私がこのダンジョンに入って以降、起こったことが書いてあります」
「……ここに書かれたことが真実だという証拠は」
リュカが訝しげな目で問う。
ラピスは溜息を呑み込んで、リュカの胸に紙を押しつけ言った。
「それは魔力溢れるこの空間に刻まれた、記憶を文字に変換したものです。王弟殿下なら、私の専門が何かをご存知ですよね?」
「その内容が真実だってことは、アタシたちが保証するわ」
「精霊は嘘を吐かない。知ってるよな」
使い魔二匹がラピスとリュカの間に入り言う。
「精霊がそう言うのなら……しかし、空間魔術にこんな使い方があったとは」
「研究中の術だよ。あの塔ではほとんど進まなかったから、塔に入る前に開発したものだけどね」
「……便利な術だな」
リュカは押しつけられた紙に目を落とし呟く。
その言葉に驚いたのはラピスだ。目を見開き、信じられない気持ちでリュカを見上げる。
「何か? 誓約の錬金術師殿」
「私の術が褒められてちょっと感動しているだけ。気にしないで」
「は?」
「いいの。どうぞ先を読んで。私は待たせている人に声を掛けてくるから」
ラピスはメメルルとオババが待つ、赤い扉へ急ぐ。
今日のところは一旦解散とさせてもらおう。まずはリュカと町長のほうを片付けて、ケットシーの郷見学や、オババからダンジョンの話を聞いたり、採取や錬金術をメメルルに教えたりするのは後日ゆっくりだ。
「ごめんね、メメルル。オババ様もごめんなさい」
「いいにゃよ。また今度、森に採取に来たらメメルルを呼ぶといいにゃ。駆け付けるにゃ!」
「ババも構わにゃいよ。今度はオジジも紹介するにゃ」
それじゃ、またにゃ! そう言うと、メメルルとオババは草原を飛ぶように駆けていった。
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