第16話 森の『誓約の塔』
※冒頭から途中まで、ラピスではない別人視点です
「なんだ、あれは……」
リュカは馬上で呟いた。
今、目の前で信じられないことが起こっている。
領主として赴任したばかりの町、フィニスの森に塔が生えてきた。
「いや、違う。積み上がっている……のか?」
訳がわからない。
塔の周囲に建設用の足場など見えないし、梯子もない。もちろん人もいない。だというのに、どこからともなく石材が生まれ、行儀良く積み上がり、塔はどんどん空へと延びていく。
「ブルルゥ」
リュカが乗る愛馬が、何かを恐れ足を鈍らせる。
グリフォンの群れやヒュドラにも引かなかった馬が、恐れるものは何だ。
「あの塔か? いや、魔力か……」
独りでに塔が建設されるなど、魔術か錬金術としか思えない。
森で塔を建てているものは人ではない。あれはあり得ないほど強大な魔力だ。
リュカはあっという間に建ってしまった塔を見つめる。
すると、出来上がった塔の色が変わりだした。
「なんだ?」
白い石造りの塔が、みるみる間に藤色に染まっていく。
「あれは……藤の花か?」
塔の壁を這うように、満開の藤が上へ上へと伸びていく。
その姿に、リュカは眉をひそめた。
あの塔に見覚えがある。
メテオリテ王国の王城の一角、錬金術師塔。
あれは、その中でも一番目立つ最古の塔、『誓約の塔』だ。
「なぜ誓約の塔がここに……?」
まさか己と共に『二大関わり合いになりたくない人物』と囁かれる、塔の『魔女』と何か関連があるのではないか?
リュカは嫌な予感に益々眉間の皺を深め、馬を走らせた。
領主となった『境界』の町、フィニスはすぐそこだ。
◆◆◆
『ドンドン!!』
「はいはいはいはい!! 今出る! 出るから叩かないで!!」
バンッ! と、ラピスは勢いよく外に繋がる扉を開けた。
――ゴッ。
扉を叩いていたらしい人物に、勢いよく開けた扉が当たってしまったようだ。
黒髪に黒い騎士服。顔を手で押さえた長身の男を、ラピスは見上げた。
「あっ」
「……まさか、本当に『魔女』か」
不機嫌そうな低い声。
ズボラだ、貴族令嬢らしくないと言われても、ラピスも一応はまあまあ若い女性だ。一瞬ビクリと肩を揺らしたが、男が言った『魔女』の言葉にムッとしたことで、弱気が吹っ飛んだ。
「私をご存知なんですね。誰、あなた」
「本日フィニスに赴任した領主だ。そういうあなたは『誓約の錬金術師』で間違いないな?」
男はラピスであると確信を持っているようだ。
これは王都に置いてきた保険《・》が本当に効いていたのか、ラピスの特徴的な銀髪と青い瞳のせいか、ラピスがまとう『誓約の錬金術師』だけが着るローブの色で判断したのかは分からないが。
ラピスは若干警戒しつつ頷く。
ラピスの予測では、塔を訪れたいつもの国王付きの文官が、ラピスの出奔に気付きフィニスに来るか、使いが来るはずだった。他にラピスの不在に気付く者などいないからだ。
――王は気付くというか、知るところになるだろうけど。
ラピスは心の中で、付け加えるようにそう呟く。
あの文官は、ラピスとは比べものにならないくらい、国王の忠実な臣下だ。
きっとラピスの不在と、サイン済みの調査依頼書を見て、王に誓約の錬金術師がいなくなったと報告するだろう。
――となると、この男は国王に近い人物か。
ラピスは真っ直ぐ男を見上げ、じっと見つめた。
顔に見覚えはない。だが、その容貌や、王に近しい者であり、『境界』の領主として魔物の対応ができる者。
この条件に当てはまる人物は一人だ。
「『黒狼殿下』ですね?」
『黒狼殿下』――ラピスは噂でしか知らない、なぜか『関わりたくない』と一括りにされている人物だ。
ラピスは『魔女』と呼んだお返しだと、わざとそう呼んでみたが、男はピクリとも表情を変えずに名乗った。
「リュカ・メテオリテだ」
「やっぱり王弟殿下じゃないですか」
しかし、どうして王弟がこんな僻地の領主になったのか。
名だけの領主ならまだ分かる。『境界』の町に、魔物討伐隊の副隊長でもある王弟、そんな高い地位にある者を置いたなら、住人は喜び安心するだろうが……。
トト、トン。ラピスの脚を小さな手が叩いた。
下を見ると、白猫のセティが険しい表情でラピスを見上げ、黒猫のテティだけがラピスの肩に乗ってきた。
「ラピス。呪いよ。すごく強い呪いの気配がするわ」
『黒狼殿下』リュカに聞こえぬよう、テティがラピスの耳元で囁く。
ラピスは目を見開き、思わず声を漏らした。
「……すごく、強い呪い?」
今度はリュカが金色の目を見開いた。
使い魔二匹が「おばか!」「ばか!」と小声で言って、ラピスの脚と頬をペチリと叩く。
「おっと」
ラピスは口を手で押さえたが、もう遅い。言葉は口から出てしまった。
「誓約の錬金術師殿。何を知っている」
「いえ、何も」
「何も知らずに出る言葉ではないだろう」
思わずといったふうにリュカの手が伸びた――が、バチン!
ダンジョンはリュカの手を弾いた。




