第15話 赤い扉
「ん? メメルル、錬金術に興味があるの?」
「あるにゃ! ラピス、メメルルを弟子にしにゃい!?」
思いも寄らない言葉にラピスは目を瞬いた。
弟子を取るなど考えたことはないし、メメルルの『興味ある』は、錬金術師の工房や調合するところを見てみたい、という意味だと思ったからだ。
ラピスは自分の研究に自身の時間を捧げたい。弟子を取り、後進を育てるのはまだまだ先だと思っている。
「弟子は難しいかな……」
「難しいってことは、簡単じゃにゃいんにゃね? でも駄目ではにゃいんにゃよね?」
「う、うーーーーん」
キラキラ光る瞳で見上げられると心苦しい。『難しい』は『無理』とほぼ同じ意味だとは言いづらい。
ラピスは使い魔二匹に助けを求め視線を送った。
しかし二匹とも、サッと視線を逸らしてしまう。薄情な使い魔である。
「駄目にゃ……? メメルル、次の次の郷長にゃ。ここの薬草や、薬草スライム、錬金術師にとっては貴重にゃ素材にゃよね? それならメメルルが錬金術師ににゃって、郷やみんなのためにもっと活用したいにゃ。教えてほしいのにゃ!」
メメルルがいい子すぎて困った。何という真っ当な理由なのかとラピスは天を仰ぐ。
メメルルがもしも人間だったなら、他の錬金術師に弟子入りしろと言う。もしくは正直に、自分の研究を優先したいから弟子は無理だと、ラピスは言うだろう。
だが、相手はケットシー。
どうやらメメルルの郷に錬金術師はいないようだし、積極的に街へ出る一族でもないよう。
メメルルにはラピスしかいないのだ。
「ラピス。ババからも頼むにゃ」
「オババ様」
今度は視線を上へ。ラピスはオババを見上げた。
「今の郷長はオジジ。ババの弟にゃ。アイツはま~だまだ死にゃにゃい! メメルルが鄕長を継ぐのは遙か先さ。だから、のんびり雑用係くらいから修業させてやってくれにゃいかね? もちろん報酬も出すにゃよ」
継ぐ予定がまだまだ先というのはいい情報だ。だいぶ気が楽になる。
だが雑用と言っても、錬金術をこれから学ぶメメルルに任せられることは少ない。
「メメルルには薬師でもあるババが、この森のあらゆる素材について叩き込んだにゃ。基本的にゃ薬草の扱いに問題はにゃいにゃ。まぁ、この手にゃから人間よりは不器用にゃけど、メメルルにしかできにゃいこともあるにゃよ」
「オババ様。正直言って、私は指導に向いていないと思います。私は自分の研究を優先したいんです」
「アンタの研究って何にゃ?」
「ダンジョンです!」
「にゃっはっは! にゃら、やっぱりアンタはメメルルを弟子にするべきにゃ。『境界』と接するこの森にゃ、人間の世界には出回らにゃい、訳のわからにゃい素材や、珍しい魔物もいるにゃ。『○○しないと出られにゃいダンジョン』の言い伝えも教えてやれるにゃよ?」
それは魅力的だ。
ラピスの心がぐらつく。
「この子は『境界』ギリギリまで、森も山も全て知り尽くしてるにゃ。代々のババとオジジの知識を継承してるケットシーはメメルルだけにゃよ。アンタの役に立つにゃ」
「そうにゃ! メメルルにゃら、人間には登れにゃい岩山もひょひょいにゃ! 弟子にするといいにゃ! 森の案内は必要にゃ!!」
ラピスは悩む。オババの甘い言葉に乗ってメメルルを受け入れたとして、メメルルが差し出す対価に見合う指導ができるかどうか……。
「……分かった。メメルルは弟子じゃなくて、私の協力者ってことにしない? メメルルは森の案内と、難しい素材の採取をする。私はそのお礼として、メメルルに錬金術を教える。持ちつ持たれつってことで、どう?」
「教えてくれるにゃら、メメルルにゃんでもいいにゃ!! ありがとにゃ!」
メメルルがラピスに飛びつき、ス~リスリ、ス~リスリと頬ずりを始した。
ラピスは感無量である。メメルルの柔らかな毛並みと喉のゴロゴロ音、そして、ゴッ、ゴッとほぼ頭突きに変わった頬ずりをしばらく堪能した。
「馬鹿な子ね、ラピスって」
「オレたちじゃ、あの頭突きの強さは出ねぇからな」
テティとセティは、幼い頃に「もっとスリッとして!」とラピスにねだられたことを思い出し、うにゃにゃと笑った。
「あ、でもメメルルは工房に入れないんだった」
「んにゃっ」
顔とローブが毛だらけになったあたりで、ラピスは我に返った。
メメルルのお願いは、工房に入れず落ち込んだことから始まったのだったと。
「心配ないにゃ。最初は基本的な調合からにゃろ? この森で採取して、郷でやればいいにゃ。出張指導くらいしてくれるにゃろ? ラピス」
「もちろんです! オババ様」
オババはラピスを郷に出入りする許可をやると言ってくれているのだ。
なんて嬉しい報酬か!
『コンコンコン』
「……ん? 今、何か聞こえた?」
ラピスは赤い扉を振り向く。
扉の中から聞こえたような気がしたのだが……? そう首を傾げると、テティとセティ、それにオババとメメルルが目をまん丸にして、耳を扉に向け物音を探っていた。
『コンコンコン』
やはり聞こえた。ノックの音か?
「どこから……」
テティとセティがダッと扉の中に飛び込み、数十秒後。二匹が駆け戻ってきた。
「ラピス! 外に通じる扉を誰かが叩いてるわ!」
「窓から見てきた! 人間が数人、塔の前にいる!」
「人間? 誰かな……保険は必要なかったんだけど、誰か来ちゃったか」
保険とは、もしも『出られないダンジョン』がラピスの予想外だった場合、助力を願う人間を呼び寄せるため、わざと机に置いてきたサイン済みの『調査依頼書』のことだ。
ラピスの予想では、いつもの担当文官か、その使いが来ると踏んでいたが……。
『コンコンコン』
「ラピス、どうするの?」
「出るか? 追っ払うか?」
「どうしようかな……セティ、扉を叩いてるのは知っている人?」
「いや、知らねぇ。騎士っぽい黒髪の若い男だったぞ。ラピスの知り合いにいたか? そんな奴」
「騎士の知り合いはお爺様の護衛だった数人だけ……でも、みんなおじ様だよ」
『コン、コン、コン!』
『コココココン!!!!』
『ドンドン!!』
「うっるさ……ああもう、とりあえず出てみる! オババ様、メメルル、ごめん。ちょっと待っててくれる?」
「待つにゃ」
「いってきにゃ!」
そしてラピスは、塔に様変わりしたダンジョンの扉を勢いよく開けた。




