第14話 神々の戯れ
「あにゃ。オババは郷の巫女? シャーマンにゃ。にゃんでもお見通しにゃんよ」
「アンタたち! この人間は大丈夫だよ、心配にゃいから出ておいで!」
オババがそう声を張り上げると、ツリーハウスの木の木陰から、大勢のケットシーが顔を覗かせた。
「みんにゃ人見知りなんにゃよ。にゃっにやっにゃっ」
「猫だものね」
「猫だからなぁ」
「なるほどね。しかし壮観だな……」
あちこちからワラワラと出てくるケットシーたちの姿に、ラピスは抑えきれず頬を緩めた。
どこもかしこも可愛い。可愛いが、ケットシーは敬うべき森の妖精だ。
ケットシーが住む森は豊かだと言うし、ケットシーが住み着く家は栄えるとも言う。その大きな手で福を招き、長い尻尾で禍を祓う。
しかし礼を失すれば、ケットシーは福を連れて去り、はね除けられていた禍だけが残るのだ。失礼があってはならない。
ラピスは周囲を囲む小さな子供ケットシーたちに、匂いを嗅がれるがまま、その愛らしい丸い頭を見下しているとオババが再び口を開いた。
「ところでラピス。アンタが来たダンジョンを見せてくれにゃいかね?」
「構いませんが、でも中に入れるかどうか……?」
「にゃんだね? そりゃあ」
「えっとですね……」
ラピスは持っていた、ダンジョンの報告書をオババに見せた。せっかちらしいオババには、おそらく話すよりも見せたほうが早い。
「こりゃ面白い! 古に聞く『○○しないと出られないダンジョン』にゃな!」
「オババ様、似た事例を知っているんですか!?」
さすがは妖精ケットシーのシャーマンだ。不思議なことに人間よりも近い!
「ケットシーに伝わるお伽噺にゃ。『古文書を見つけないと出られないダンジョン』とか、『食事を作らないと出られないダンジョン』とか、いくつかあるにゃ。神々の戯れだと言われておるにゃ!」
「戯れ……」
「確かにな」
テティとセティが呟く。ラピスもまさに戯れだと頷く。
「でも、神様か……」
メテオリテ王国は多神教だ。火や水、山や雷など、そこに宿る精霊神をそれぞれ祀る。その土地や、職業によって信仰する精霊神が違うのだ。
錬金術師には、始祖の錬金術師マギ・トリスメギストスを信仰する者もいる。ラピスは特に信仰している精霊神はいないが、迷宮を作ったとされる迷宮神が本当にいるなら、その存在を確かめたいとは思っている。
今はあの『ダンジョンの声』の正体がなんなのか、気になっているところだ。
「にゃあ、にゃあ。メメルルもラピスのダンジョンに行ってみたいにゃ!」
メメルルがラピスのローブをつんと引き見上げた。
「私はいいけど、オババ様……」
「いいにゃ! メメルルはおいで! これも縁にゃ。チビたちは鄕にいにゃ。オジジが戻ったらダンジョン見物に行ったと伝えておくれ。ラピス! 出発にゃ」
「はいっ」
せっかくケットシーの郷に来たばかりなのに、もう戻るのか。ラピスは若干残念に感じつつ、「はい行くにゃ! 行くにゃ!」と追い立てるオババに尻を叩かれ、後ろ髪を引かれる思いで郷を出た。
「ケットシーの郷……もっと満喫したかった……」
茨のトンネルでラピスがそう零すと、メメルルがくるりと振り向いた。
「また今度くるといいにゃ。お店やさんとか、メメルルの家にも招待するにゃ! あ、スライムの保存食も見てみるにゃ?」
「ぜひ。スライムの保存食は食べてみたい」
「駄目よ、メメルル」
「ラピスの主食になりかねねぇ」
使い魔たちが二人の間に入り、黒と白の尻尾を交差してバツ印を作る。
「あにゃ~それはオススメできにゃいにゃ~」
「栄養あるんならいいじゃないか……」
解せぬ。ラピスは首を傾げた。
◆
「オババ様。これがダンジョンに繋がる扉です」
オババに急かされるまま森を歩き、ラピスは赤い扉を見せた。というか、目立つ赤い扉に向かってオババが飛ぶように走っていったのだ。
一体、オババは何歳なのだろう? ラピスは大きくて若々しいオババに神秘を感じてしまう。
「ほ~。面白いね! どれ、それじゃ入ってみようかにゃ!」
オババに躊躇という言葉はないのか、言うや否や扉を開けて足を踏み入れ――られなかった。
バチン! と弾かれる音がして、オババの三毛柄の毛が、ボッ! と膨らんだ。
「オババ様!」
「オババ! 大丈夫にゃ!?」
ラピスたちは慌てて駆け寄ったが、オババは「にゃっはっは!」と笑った。
オババは衝撃に少し驚いただけで、特にダメージはなかったようだ。膨らんだ毛も徐々に落ち着いてきた。
「駄目にゃったね、こりゃ! にゃっはっは!」
「あにゃ~メメルルも駄目にゃ。バチッて弾かれるにゃ」
「アタシたちは問題ないわ。ラピスは?」
テティとセティが扉をくぐり、戻ってきた。ラピスも足を片方入れ、引き戻す。何の問題もない。
「私が外に出られなかったのと同じか。見えない壁がオババとメメルルの侵入を拒んだ……う~ん? オババ様。何か声は聞こえなかった?」
「うんにゃ。何も聞こえにゃかったねぇ」
「メメルルも」
ラピスたちにも、何も聞こえなかった。
ラピスが外に繋がる扉に弾かれた時は、ダンジョンの|《願いを叶えなければ、外には出られない》という声がした。
「私に『ダンジョンに侵入した者への条件』を適用中だから、他者は入れないのかな」
ケットシーという種族が関係しているのかもしれない。
機会があったら検証してみよう。ラピスはそう思う。
「メメルル……ここ、入りたかったにゃ……格好いい錬金術の工房が見えるのにゃ……!」
開けっ放しの扉から工房を見つめて、メメルルが呟いた。




