第13話 ケットシーの郷
「いや、メメルルごめん。でも分かったよ。素材の下拵えや、繊細な調合をするには、その可愛い手は向かないってことだね」
「そうにゃ。先祖伝来の『自動切り刻み器』とか、『自動混ぜ棒』とかもあるんにゃけど、魔力がたくさん必要で大変にゃ。それに調合も、メメルルたちいっぱいは作れにゃいにゃ」
「そうだよね……」
ケットシーは魔力豊富な種族だが、あまり器用ではないし、根気強い性分でもない。猫の妖精だから、やはり猫の性質が強いのだ。
「にゃから薬草スライムはほとんど放置にゃ。昔はたま~に見かけるくらいで、薬の材料にちょうどよかったんにゃって。でも今は使い道がにゃいにゃ。採れちゃったやつは、干して粉にして飲むか、栄養満点な保存食にしてるにゃ」
「保存食……! 勿体ない気もするけど、それはいいね! ビスケットに練り込んでもらおうかな……」
「美味しくはにゃいにゃよ?」
「でも、栄養はあるんでしょう? 悪くないな」
薬草スライムのビスケットなんて、絶対にいい。
疲れ切ってパンにハムを挟んで食べるのすら面倒な時、薬草スライムなんて心躍るものが練り込まれた栄養食……最高ではないか! ラピスは絶対に料理人に依頼しようと心の中で誓う。
「やめなさい、ラピス。食事はちゃんとして」
「美味しくないもんを料理人に依頼すんなよ、薬草スライムも料理人も可哀想だろ」
「二人とも。私がパンだけを囓るのと、栄養満点の薬草スライムビスケットを囓るの、どっちが体のためになると思う? 薬草スライムビスケットでしょう?」
テティとセティは溜息を吐き、ラピスの足に猫パンチをお見舞いする。メメルルは、美味しくにゃい薬草スライムを食べたいにゃんて……と若干引き気味だ。
「でも、これだけ薬草スライムがいるってことは、薬草自体も高品質の証拠だよ。それを活用しきれていないのは、やっぱりちょっと勿体ないね」
「ラピスはそう思うにゃか。そうにゃのかぁ……」
メメルルは手をはむはむと舐め、少し考えている様子を見せる。
「メメルル。ここの薬草や、薬草スライムを欲しい人はたくさんいると思う。だけど慎重にね。勝手に採取した私が言うのもなんだけど、この豊かな森が保たれているのはケットシーたちが管理しているおかげじゃないかな」
とはいえ、薬草スライムが増えすぎているのは問題かもしれない。森のバランスが崩れてきている証拠でなければいいが……。
ラピスは美しい森を歩き、そう思った。
◆
「ここを行くにゃ。人間には狭いかもにゃけど、ついてきてにゃ!」
メメルルが進んでいったのは、白い野バラをつけた茨のトンネルだ。
猫のテティとセティ、背丈の低いメメルルは、トットコ軽い足取りで進んでいくが、ラピスは四つん這いになるしかない。
ラピスはローブを茨に引っかけないよう、裾をベルトに挟み込んでゆっくり進んでいった。
「ここがケットシーの郷にゃ! ようこそにゃ、ラピス! テティ、セティも!」
トンネルの先からメメルルのそんな声が聞こえ、ラピスは顔を上げた。
そして、トンネルから這い出た瞬間、目に巨大なツリーハウスの姿が飛び込んできた。
「ここが……ケットシーの郷」
「そうにゃ! あのおっきにゃ木が、オババとオジジの家にゃよ!」
メメルルが指さすのは、郷の真ん中に立つ巨木だ。枝には蔓で編まれたいくつもの家が見える。
その巨木を中心に、周囲には何本もの木があり、それらも全てツリーハウスだ。木と木の間には、渡り廊下のように橋までかかっている。
「すごい……ケットシーが森を好む理由が分かったよ」
「いい家ね」
「オレも住みたい」
ラピスだけでなく、テティとサティも木の家を見上げて呟く。
「高い場所は気持ちいいからにゃ……あにゃっ、オババにゃ」
メメルルがそう言ったかと思うと、ザッ、ザザザッと木の葉が揺れる音がした。
「ッ!」
「これがオババにゃ、ラピス」
息を呑むラピスの前に、大きな三毛柄のケットシーが立っていた。
ラピスが少し見上げる背丈だ。羽織ったローブに隠れた毛並みがツヤツヤで若々しい。
「お、大きなケットシーね……」
「こんなでかいオババがいるか……」
テティとセティから、思わずそんな呟きが零れ、ラピスはつい見とれてしまった。
ケットシーと言えば、普通の猫よりは大きいが、人と同じ背丈がある者もいるとは知らなかった。
「にゃっにゃっ! オババは郷で一番大きなケットシーにゃ」
メメルルは驚くラピスたちに満足したようで、嬉しそうに笑う。
「よく来たにゃね。アンタらが来るのは分かっていたにゃよ」
オババの少ししゃがれた声に、ラピスはハッと居住まいを正す。
「お邪魔するわ、オババ。アタシはテティ」
「突然邪魔して悪ぃな、オババ。オレはセティ」
二匹が立ち上がり挨拶をし、ラピスも倣って礼をとる。
「初めまして。私は……」
「錬金術師のラピスにゃね。アンタ、あの突然現れたダンジョンから転移してきたんにゃろ? ああ、採取にゃらしていいよ! 精霊を連れた立派な錬金術師にゃら構わにゃいさ」
自己紹介どころか、事情説明すらする前に許しをもらってしまった。
このオババというケットシー、何者だ!? 面食らったラピスはメメルルに視線を向けた。




