第11話 ケットシーの森
「あにゃ? 猫……っぴゃ、に、にんげん!? どこから入ったにゃ!?」
ラピスを見たケットシーは、明るい緑色の目をまん丸にして言う。
「どこからって……そこから」
ラピスは目の前の赤い扉を指さした。
ケットシーは目をさらに丸くして体を硬直させたかと思うと、ブワッと全身の毛を逆立て言った。
「こ、ここ? この扉はにゃんにゃ? ここは郷のケットシー以外入れにゃいはずにゃ!!」
「あら、そうだったの?」
「道理で豊かな森だと思ったぜ!」
テティとセティが言うと、ケットシーは再び大きく飛び上がる。
「しゃ、喋ったにゃ~!? ……ん? んにゃ? 猫たち、精霊さんにゃ?」
ケットシーはしゃがんで二匹の匂いをクンクン嗅ぐと、逆立てていた毛を静め、地面に耳がつくほど首を傾げた。
そしてラピスは落ち着いたらしいケットシーに、ここに来たあらましを話した。
どうやらこのケットシーは、妙な気配を感じて森の見回りに来たそうだった。妙な気配とは、おそらくラピスたちとこの赤い扉のことだろう。
「ごめんね。私は錬金術師のラピス。ここがケットシーの森だとは知らなかったんだ」
「いいにゃ。おねーさんは悪い人間じゃにゃさそうだし、ダンジョンにゃら仕方にゃいにゃ。あ、メメルルにゃ」
ケットシーは丸い手を自身の胸に当て、そう名乗る。
メメルルによると、ここは『境界』の縁に当たる場所で、ケットシーたちが暮らす森なのだという。結界が張ってあり、内部から招かれない限り入ってこられない場所だそうだ。
「そう言ってもらえてよかったけど……ごめん。この辺りで採取をしてしまった。君たちの森を荒らす気はなかったんだ」
ラピスは採取した物をバッグから取り出して見せた。
ここは全てを見せ、謝罪するのが筋だ。ダンジョンが採取場として用意した場所だが、他人が管理している森で勝手はできない。無断の立入と採取は、下手をしたら捕らえられ、罰されても仕方がない。
「あにゃ。それはオババとオジジたちが怒りそうにゃけど~……たぶん大丈夫にゃ! でも、ちょっと郷まで来てお話してほしいにゃ! ラピスはこれからもここで採取したいにゃよね?」
「したい! 許可を頂けるなら、オババ様でもオジジ様でも話しに行くよ!」
ラピスは膝をつき、メメルルの目を見て言った。
「ラピスったら……実はケットシーの郷に行ってみたいんでしょう?」
「小っちゃな頃に言ってたもんな、いつかケットシーと友達になりたい!って」
「テティ! セティ! しーっ!! 警戒しちゃうでしょう!?」
「にゃっにゃっにゃっ! メメルルたち可愛いから、そういう人間が多いの知ってるにゃ」
メメルルは両手を口に当て、小さな牙を覗かせ、にゃにゃにゃにゃと笑った。
◆
「少し歩くにゃ。ついてきてにゃ!」
ラピスの前を歩くメメルルは、短毛の猫だが尻尾だけ少しフサフサで、ポケットがいくつか付いたケープを着けている。
二足歩行でひょこひょこ歩くその姿に、猫の使い魔を持つラピスはつい頬を緩ませてしまう。
ケットシーとは、猫の姿をした妖精の一種だ。猫のようで猫ではない、気ままで気まぐれな森の住人だ。
言葉を話し、魔術も使う。国は持っていないが、どこかに郷があるらしい……と伝えられる、可愛くて長命な幻の種族。
稀に人間の街に住む者もいるが、よっぽど気に入らない限りは一所に留まらないようで、訪ねた時にはもういない……ということが多いと聞く。だから、ケットシーに出会えるたラピスは幸運だ。
「……ねえ、メメルル? 私を信用してくれたのは嬉しいんだけど、その、なんで?」
ちょっと不用心じゃないかと心配になってしまった。
何しろケットシーは可愛いのだ。
「精霊を連れてる人間に、悪い人間はいにゃい。そういう言い伝えがあるにゃ。メメルルの勘だけじゃにゃいんにゃ」
「そっか。確かに精霊は邪なものを嫌うもんね」
「そうにゃ! たま~に悪い精霊もいるけど、そういうのは悪い魔力の匂いがするにゃ。でもラピスとテティとセティは、いい匂いにゃから信用したんにゃ」
振り返ったメメルルはラピスを見上げ、小さな牙を見せてにぱーっと笑う。
メメルルの牙チラ見せの笑顔。これは可愛い。
メメルルがケットシー年齢で何歳なのかは分からないが、ラピスの腰くらいの背丈という、大きな猫であるメメルルはとっても愛らしい。
「メメルル、他にも聞いていい?」
「にゃんにゃ?」
「この森って、魔物はいないの?」
先程の採取時には、魔物の影どころか気配すら感じなかった。
随分と清らかな森だとラピスは少し不思議に思っていたのだ。
「魔物もいるにゃよ。でも山のほうに行かにゃければ、あぶにゃいのはいにゃい……にゃっ!!」
ピン! と耳が立ったかと思うと、突然メメルルが斜め前に飛んだ。
何事!? とラピスが杖を握り近づく。
「あら、スライム!」
「いたんだな」
テティとセティがメメルルに駆け寄り呟く。
ラピスも近づいてみると、メメルルが茂みの中にいたスライムを踏みつけていた。
「この辺にいる魔物はこのくらいにゃ!」
メメルルが爪でびろ~んと摘まみ上げたスライムは、一撃で核を貫かれていた。
なるほど。メメルルは武器を持っていないと思っていたら、この爪が武器だったのか。
「ん? メメルル、そのスライムちょっと見せてくれる?」
気のせいかもしれないが、少し違和感がある。
「にゃ? こんにゃのが珍しいにゃ?」
ラピスはしゃがみ込み、メメルルが倒したスライムをよく見てみた。
鮮やかで濃いめの緑色。これだけなら珍しくないが……。
キララ。その体に微かな煌めきが見えた。これは!
「やっぱり! これ、薬草スライムだ!」




