第3話 異能力集団、発足
人は、怪しいものを見つけると、まず名前をつけたがる。
西会議室の前を通るたびに出入りする顔ぶれが増えていけば、なおさらだった。
最初に引っかかったのは、徳信である。
「おい、泰雅。釘、あるか」
昼休み、鍛冶場帰りの徳信が役場に入ってきた。腕まくりしたまま、煤のついた手で受付台を叩くので、老役人が眉をひそめる。
「役場を鍛冶場みたいに扱うな」
「扱ってねえよ。急ぎで細釘が要るんだ」
泰雅は倉庫から釘箱を持ってきた。そのまま渡せばいいのに、徳信は中身を見て首をひねる。
「細すぎる」
「橋板なら太釘でしょうね」
「橋板じゃねえ。灯籠の骨組みだ」
「夏至用ですか」
「そうだよ。見た目だけ派手にして、骨が弱かったら風一発で終わりだろ」
徳信はそう言いながら、貼り紙のある廊下をにらんだ。
「案内役の顔だけ磨いても、灯籠が倒れたら意味ねえのにな」
その台詞を聞いたとき、泰雅は妙な親近感を覚えた。親近感と言っても、仲良くしたいというより、“この人もそこに引っかかるのか”という種類のものだった。
「西会議室、来ますか」
「何だ急に」
「面白い板があります」
「子どもの誘い文句か」
結果として、徳信は来た。面白い板、の一言で来たのではなく、桜都が机に広げた古い設計図を見て、目の色を変えたからだ。
「これ、灯籠柱の継ぎ手じゃねえか」
「わかるんですか」
「鍛冶屋なめんな。こっちは毎日、鉄と木の喧嘩を仲裁してんだ」
設計図をのぞき込んだ徳信は、鼻息を荒くした。
「何だこの金具。細工はいいのに、負荷の逃がし方が古い。ここ、今のやり方ならもっと持つ」
「今のやり方に直せますか」
桜都が聞くと、徳信は胸を張った。
「直せる」
言い切ったあとで、泰雅に向かって小さく言った。
「……たぶん」
「急に信用が揺らぎました」
「やってみりゃわかる!」
次に来たのは、あき子だった。
役場地下から、がしゃん、ばきん、という嫌な音が三度続いたあと、守衛の源兵衛が額に青筋を立てて西会議室へ駆け込んできた。
「泰雅! 地下の分解娘を止めろ!」
「分解娘って誰ですか」
「誰だと思う!」
答えは一人しかいなかった。
あき子は地下倉庫で、古い印刷機の横倒しになった歯車を抱えていた。髪に煤、頬に油、目だけが妙にきらきらしている。
「見て見て、これ、まだ使える」
「使える前に、今は元に戻してください」
「戻すより先に仕組みを知りたい」
「役場は知識欲の実験場じゃないです」
「でもこの歯車、送風絡繰の歯と合う」
「何の話です」
「会議室の板の話」
なぜ知っているのかと聞けば、地下の通気孔から桜都の声が丸聞こえだったらしい。壁に耳あり障子に目あり、古い役場は配慮に欠ける。
あき子は歯車を抱えたまま、西会議室へ上がってきた。掲示板を見るなり、うわあ、と息をのむ。
「やわらかい……」
「そこですか」
「だってやわらかいのに板なんだよ? おかしいでしょ。おかしいものはだいたい面白い」
「褒めてるんですよね」
「もちろん」
彼女は指先で板の端を触り、耳を寄せた。
「奥で風が鳴ってる。これ、一枚じゃない。裏で何かつながってる」
桜都が設計書を差し出すと、あき子は一気に読み、にやりとした。
「送風絡繰、直せるかも」
「本当に?」
泰雅が聞くと、あき子は即答した。
「壊していいなら」
「壊さない前提でお願いします」
「難しいこと言うなあ」
三人目は、りゅうのすけだった。
学問所帰りの青年で、役場の古文書室に入り浸る常習犯である。犯、というほど悪いことはしていないが、閉室の鐘が鳴っても本を閉じず、食事を忘れ、話しかけると途中から一人で盛り上がる。
「泰雅さん!」
その日も両手いっぱいに書付を抱え、西会議室へ転がり込んできた。
「見つけました、『徳札箱』って語! 旧目録の片隅に一回だけ! あと『星霧流路』と『送札管』! 意味はまだ半分もわからないですけど、わからないことが増えたので、たぶん大当たりです!」
「大当たりの基準が怖い」
「怖くないです。楽しいだけです」
「楽しそうで何よりです」
りゅうのすけは机に書付を広げ、墨で引いた線を指でなぞった。
「この役場、地下に細い管が走ってます。たぶん空気と文字を運ぶための。あと、旧蔵庫に関連書類がありそうです。鍵付きですけど」
「鍵付き」
桜都が反応する。
「開けられますか」
「鍵があれば」
「なければ?」
「探します!」
目が輝いていた。探すことそのものがご褒美になっている顔だ、と泰雅は思った。
最後に現れたのは、友莉亜だった。
彼女は瓦版屋の使いをしたり、炊き出しを手伝ったり、菓子屋で包み紙を折ったりしているので、町のどこにでもいる。しかし同時に、誰かが困っている場所へ先回りしていることが多く、“どこにもいない時でも、そのうち来るだろう”と思わせる不思議な娘でもあった。
「面白いことしてるって聞いて!」
西会議室へ飛び込んできた友莉亜は、机の上の徳札を見て、ぱちんと手を打った。
「これ、いい! 町じゅうの裏方さん、こういうの大好きだよ」
「裏方さんが?」
泰雅が聞く。
「そりゃそうでしょ。褒められる予定がないから働ける人っているけど、褒められて嫌な人はいないもの」
彼女は並んだ札をすばやく読んでいき、首をかしげた。
「でも、待ってるだけじゃ集まらないね。字が苦手な人もいるし、何を書けばいいかわからない人もいる」
「では、どうすれば」
桜都の問いに、友莉亜は即答した。
「聞きに行けばいい。私、誰がどこで何してるか、だいたい知ってる」
その日の夕方、西会議室には、鍛冶屋、分解好き、古文書かじり、町じゅうを走り回る娘、そして神社の娘と役場の書記補がそろっていた。
守衛の源兵衛が戸口からその光景を眺め、深いため息をつく。
「会議室に変なのが集まりすぎだろ」
「変では」
泰雅が言いかけると、徳信が先に答えた。
「鍛冶屋は普通だ」
「あたしも普通」
「あ、僕も普通です」
「私も」
桜都まで言った。
源兵衛は眉間を押さえた。
「そういうところだよ。異能力集団か、お前らは」
言い捨てて去っていく。
一拍置いて、友莉亜が吹き出した。
「異能力集団って」
「嫌ですか」
泰雅が聞くと、徳信がにやりとした。
「別に。弱そうじゃねえし」
「あたし、好き」
あき子が板を撫でながら言う。
「能力って言われると、すごそう」
「実際、すごいと思います」
りゅうのすけが真顔でうなずいた。
「徳信さんは鉄が読めるし、あき子さんは歯車と会話してるし、友莉亜さんは町を地図みたいに歩くし、桜都さんは古い文を今の言葉に直せる。泰雅さんは……」
「僕は?」
「誰が困ってるか、いちばん早く見つけます」
言われた瞬間、泰雅は返事に困った。
褒められたのか、業務を増やされたのか、判別しづらい。
桜都が少しだけ笑った。
「では、徳札係という名前とは別に、町ではそう呼ばれるかもしれませんね」
「異能力集団」
「はい」
「会議のたびに守衛さんが言いそうです」
「言わせておけばいいです」
板の前に立つ五人と一人を見回して、泰雅はふっと肩の力を抜いた。
朝までは、自分一人が妙な騒ぎに巻き込まれた気がしていた。けれど今は違う。妙な方向へ全員で走り出してしまった感じがある。
それはそれで不安だったが、少しだけ、面白かった。




